小さなものの諸形態:近所のスーパーのシュークリームに寄せて

どうしても気になってしまう小さな事柄を記してみたい。「小さなものの諸形態」とは市村弘正先生の名著の題で、パクりです。

連れ合いが近所のスーパーでマロンシュークリームを買ってきた。食べてみるとなかのマロンクリームに違和感あり。包装の原材料名を見ると「栗、白餡」とある。おや、安い和菓子のようだな、洋菓子店はしない選択だな。

このシュークリーム、前に住んでいた町の近所の洋菓子店の名前をつけて売っている。その店はスイスの高級チョコレートを使っているのがウリで、店の名前もそのチョコレートにちなんだものだった。私は味が好みでなかったのであまり買わなかったが、学童保育所が向かいだった子どもたちには憧れの店だったらしい。美味しそうな風貌をした(これ、よいシェフやパティシエの条件といわれる)主人とは地域の行事で何度か話したこともある。人柄のよい人だった。しかし数年で店をたたみ、後はイタリア料理店になった。

今の住まいの近くのスーパーでその店の洋菓子を見つけたときには驚いた。より市内に近いところで再開したらしい。しかし調べてみると名前を継いだだけで、あの主人の店ではなさそうだった。さらに少しすると店の名前も変えてしまった。スーパーの菓子の名前はそのままだが。

ところが、である。包装の製造者名には全く異なる和菓子店の名前が。その店も実は知っている。これも前の住まいの近くにあった高級そうな店で、一度寄ったが味が好みでないので(うるさいねえ、この人)、リピートしないうちに駐車場になっていた。それがこれも中心部に近いところで再開している。ただし店舗はなくて製造だけ。なるほどそれなら白餡は頷ける。美味しくないけど。

京都の老舗のように400年以上続いている商売もあれば、このように続いているのか続いていないのか分からない、キメラかサイボーグのような商売もある。もし中野卓先生がご健在ならば、こうした「商家」を社会学はどう分析すればよいのか、うかがってみたい。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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小さなものの諸形態:近所のスーパーのシュークリームに寄せて への2件のフィードバック

  1. かほう鳥 のコメント:

     こんにちはかほう鳥です。「商家」懐かしそうな言葉だと思います。基本的には職業選択は自由だから。老舗さんの近々数十年は、継承者の育成努力と、存在という幸運だと思うのです。また世間を気にする日本人はそれが継承のテンションアップorダウンにつながることも大きいとも思います。
     結局そこのお宅のご事情。日本中の多くのご家業のあるお宅。ないお宅。 
     社会形態の変化がもたらした産業形態の変化とその加速化この100年…(´・ω・)ん?
    これはしっかり自分の社会を見ておらんと話にならん!と思い自分の家族社会、家庭。見返してみると目をつぶって過ごしたい社会でありました。難しい。 

    • 中筋 直哉 のコメント:

      かほう鳥さん、お久しぶりです。おっしゃる通り難しいですね。年をとると楽になるかと思ったけれど、かえってだんだん難しくなって、私も目をつぶって過ごしたいことが多いです。

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