『レガシーズ』と『アメリカ村』

A.ポルテスの『レガシーズ』(邦題は『現代アメリカ移民第二世代の研究』)を読んで、それがW.トマスとF.ズナニエツキの『ポーランド農民』(1920)をていねいにフォローしていることに感心した。学問世界が市場社会、競争社会だからといってA.ギデンズのいうように「脱埋め込み」されるばかりでなく、逆にR.ベラーのいうように「記憶の共同体」が紡ぎ出されることもあり得るし、むしろより強く志向されることがあるかもしれない。さて、この本を読んでいてもう1つ思い出したのは、福武直の『アメリカ村』(1953)という本だ。カナダ北西海岸のサケ漁への移民(実際は季節出稼ぎが多かった。アメリカにはカナダからさらに出稼ぎ)を多く出した和歌山県御坊市の移民母村の研究報告書である。昔蓮見音彦先生から習ったような気がするが、詳しい紹介、批評ではなかったように思う。そのせいで(責任転嫁!)読んだことがなかったので、図書館で借りて読んでみた。たしかにわくわくするような本ではない(その点は福武の他の本も同じ)。でも、びっくりすることがいくつかあった。1つめはこの研究が福武自身の言葉では、彼が率いたはじめての社会科学横断的な総合調査だったこと。2つめは統計的標本抽出法を用いたはじめての調査票調査だったこと(55年SSMより早い、ただし形式は一部調査票、一部面接自由回答の事後整理)。3つめは、村の歴史の部分を近代以降は福武が、近代以前は何と!網野善彦が書いていたこと。網野の自伝的文章(『歴史としての戦後史学』)にはこの事実は出てこないので、あまり印象的な仕事ではなかったのかもしれないが、色川大吉の水俣漁村の歴史的研究(『水俣の啓示』)より前に網野の漁村史の試みがあったことは興味深かった。4つめは、自伝や手紙などライフヒストリーの資料が付録として含まれていること(福武の前書きが付されているが分析はされていない)、明記されていないが、もしかするとやはり『ポーランド農民』の影響があったのかもしれない。しかしこの後の福武の仕事、日本社会学のなかに『ポーランド農民』は活かされなかった。なぜだろう。

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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2 Responses to 『レガシーズ』と『アメリカ村』

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    1952年には東大社会学の大学院生だった安田三郎や城戸浩太郎らが、安田の言によれば日本の社会学で初めての統計的標本抽出による社会調査を行っており、その成果は安田「あるサムプリング調査の報告」(1953,『社会調査の計画と解析』所収)や、城戸・杉「社会意識の構造」(1954,『社会意識の構造』所収)として発表されている。またおそらくこの時期に安田は福武とともにランドバークの『社会調査』(1952)を翻訳している。『アメリカ村』の調査分析部分は国立世論調査所に在籍していた甲田和衛の手になる。蓮見音彦先生が学部3年生に進学し、『日本農村社会の構造分析』の調査に動員されたのは1953年である。このあたりが、日本の社会学的社会調査の1つの画期といえるかもしれない。

  2. 中筋 直哉 のコメント:

    学問的なことではないが、福武は序文で多分野の若い科学者の交流による、共著といっていいほどの成果であると自慢している。とくに大内力と加藤一郎の参加は興味深い。2人で農地改革前後の農村の経済構造を報告している。加藤、大内、福武は東大紛争時代の執行部である。後の連帯心はこの調査で養われたのかもしれない。

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