『観察されたイスラム』(C.ギアーツ)を読む

「市民運動論」という授業の予習で、C.ギーアツ(林武訳・・・この訳ではギアーツではなくギーアツになっている)『二つのイスラーム社会』(1973,岩波新書)を読んだ。E.ゲルナーの「市民社会のライバルとしてのイスラム」という考え方に興味を持って調べている途中で出合った本だ。不勉強で今まで知らなかったが、非常に面白かった。対象としては、ギアーツの最初のフィールドであるインドネシアと、次のフィールドであるモロッコという2つのイスラム社会の近代化を比較している。その背景に、インドネシアにおけるスカルノ革命とフランスから独立したモロッコの王政復古がある。方法論的には、原題が『観察されたイスラム:モロッコとインドネシアにおける宗教進化』(1968)である通り、彼が学んだハーバードの社会関係学科の、T.パーソンズ(先生)やR.ベラー(1年後輩)の宗教進化論、というよりその源泉であるM.ウェーバーの比較宗教社会学、とりわけ『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の方法をそのまま採用している。「観察された」というのは、ウェーバーの理解社会学の意味だろう。逆にB.マリノフスキーの機能主義を、A.シュッツの「多元的現実」論を参照しながら批判している。

ギアーツについては、『ヌガラ』を読んでもピンとこず、「ローカル・ノレッジ」や「厚い記述」などお題目化された言葉も気に入らず、『文化の読み方/書き方』は悪口が過ぎ、あまり真面目に読んでこなかったが、この本には引き込まれた。逆に、こんないい本が、翻訳もこなれているのに(訳者解説も日本のイスラム研究史を概観していて興味深い)どうして生き残らなかったのか、不思議だ。社会学はもちろん、綾部恒雄『文化人類学の名著50』(1994,平凡社)にも島薗進先生の『宗教学の名著30』(2008,ちくま新書)にも取り上げられていない。もちろん岩波新書の今のラインアップにもない。何か学会政治的事情があったのだろうか。

ギアーツはこの本の注で未公刊の博士論文(1957)としてゲルナーを称賛している。ギアーツのモロッコ調査は1964年からなので、おそらくゲルナーに触発されたのだろう。LSEでR.ファースに学んだゲルナーは、当然その反照として『(1つの)ムスリム社会』を書き、またマリノフスキーに固執したのだろう(遺作はウィトゲンシュタインとマリノフスキー論)。ギアーツが「厚い記述」を引用したG.ライルは、ゲルナーをオックスフォードの哲学科から追い出した人である。1925年生まれの亡命者ゲルナーも1926年生まれの生粋のアメリカ人ギアーツも(前に書いたラザースフェルドとベネディクトと同じ対照)、復員兵だった。この2人の仕事に当分付き合ってみたいと思う。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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2 Responses to 『観察されたイスラム』(C.ギアーツ)を読む

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    ちなみにこの本でもギアーツの悪口は健在で、「文化人類学者はジョンズヴィルでアメリカを代表させたり、ユカタン半島にメキシコ全体を押し込んだりは(もはや)しない」と書いている。前者のW.L.ウォーナーも後者のR.レッドフィールドも、ギアーツの当時の勤め先であるシカゴ大学人類学科の神話的なOBだから、悪口も極まれりという感じだ。もちろん学問的には、さらに上流にA.ラドクリフ=ブラウンの「社会」人類学があるわけである。

  2. 中筋 直哉 のコメント:

    イスラムで思い出したが、昔博士論文の審査のとき、副査の1人の先生から「お前の群衆論などイスラム社会には通用しない」と断定されたことがあった。そこまで普遍的に検討していなかったので、それはそうかもしれないと思いながら、ずいぶん暴力的なことを言う人だなと思った。というのは、その審査団にはイスラム社会を専門の1つにしている先生もいたからである。幸い、後でそのイスラム社会を専門の1つにしている先生から、「でも、面白い論文だったよ」と個人的に言ってもらえた。また、その後「アラブの春」があって、通用するかどうかはさておき、イスラム社会の群衆論は可能だし、必要だと分かったからである。暴力はいつか過ぎ去り、真理だけが残る。

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