異端を創り出す・異端が創り出す

NHKテレビの『こころの時間』という番組で、大阪釜ヶ崎で活動するカトリック司祭のドキュメンタリーを見た。聖書の個人訳も発表している有名な方らしいが、私は知らず、ただ都市社会学者の端くれとして、高齢者の増えた釜ヶ崎での現在の支援活動という興味だけでビデオに録った。しかし実際の番組はほとんど教理問答といった感じで、登場する司祭の語りも教理に踏み込むに連れて熱を帯びた。その彼の語りと実践はかなり奇異なものだった、私は信仰を持たず、カトリック神学を専門にするわけでもないが、見ている間中「これは異端では?」と感じた。異端だから不快、不審というのではない。むしろ強く興味を引かれたのである。ヴァチカンで学び、高位の役職も務めたらしい司祭が自然に異端となっていくのは、カトリック=普遍の看板とは裏腹に、キリスト教には元来異端を創り出すメカニズムが組み込まれているからではないか。そして異端は、異端ではなく、真の正統を創り出そうとするのではないか(政治闘争上の優位ではなく)。司祭がフランシスコ会に属することにも興味を引かれた、昔見たゼフィレッリ監督の映画『ブラザー・サン・シスター・ムーン』やエーコの小説『薔薇の名前』も、歴史上のフランシスコ会をそうした「危険な」組織として描いていた。今でも潜在的にはそうなのかも、と思った。そうだとすれば、その名を冠した現教皇の「過激な」活動も納得できる。ところで私たちの職場はどうだろう。私が大塚久雄や服部之総に惹かれるのは、彼らがやはり自然に異端を創り出していった人のように思われるからである。服部には非常に手厳しい大塚論があるが、それは一見講座派マルクス主義の異端審問のように見えて、実は異端が異端と響き合う、実に美しい論文である。その後服部は病床の大塚を見舞い、年少の大塚に自分の論文の非礼を詫びたと、大塚は回想している。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 私の仕事, 見聞録 パーマリンク

1 Response to 異端を創り出す・異端が創り出す

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    私は、一般的姿勢としては断固デュルケム主義者なのだが、昔「社会運動の戦後的位相」という論文で指摘したとおり、こうした集団の変動過程を理解するためには、同じ宗教社会学でもやはりウェーバーだなと思う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください