団子汁は普通小麦粉でつくる:『近藤康男 三世紀を生きて』を読む

『近藤康男 三世紀を生きて』(2001)をふと読み始める。ドイツの化学肥料の導入のことや満州移民のことなど、戦前期だけでもていねいに読まなければならないところがたくさんあるが、何といっても「三世紀を生きて」というところがすごい。日野原重明氏といい、どうしたらそんなに生きられるのだろう。

読んでいて、ああ面白いなあと思ったところ。近藤の最初の大著『農業経済論』のある部分をあの小倉武一が英訳したが、そのことについて近藤は、「小倉は団子汁をrice paste soup と訳したが、団子汁は普通は小麦粉でつくる」と書いている。こんな痛快な批判があるだろうか。実は私は晩年の小倉武一に会ったことがある。例の北川隆吉先生の鞄持ちだった(『戦後民主主義の「知」の自画像』所収)。湯島の天下りのオフィスで、小倉はていねいに北川先生の質問に答えてくれたが、印象的だったのは、書見台に分厚い洋書が読みさしで置かれていたことと、壁に航空会社の外国人女性のセミヌードのカレンダーが掛けられていたことだった。私は驚いて、当時農水省に勤めていた友人に聞いてみたら、それはけっこう有名な話で、真似をした後輩の官僚もいたそうだ。その小倉、東大の後輩(ただし小倉は法学部、近藤は農学部)であり、農水省の後輩(ただし小倉は農林経済局、近藤は統計調査局)でもある小倉の弱点、農民への想像力と共感力の欠如を、近藤は静かにひと突きしている。この一文に出合っただけで、この本を読んだ甲斐があったと思った。

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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