板書というメディアの黄昏

近頃、学生から「板書が読みづらい」というクレームをよくつけられる。この間も「ひらがなが漢字より小さくて読みづらい」と言われて驚いた。私の常識では、ひらがなは漢字より小さく書くべきで、多少読みづらくても、漢字の並びから容易に想像できるはずだ。活字のように略字も書き損じもなく、均質に書かなければならないなら、パワーポイントを使った方がいいだろう。

パワーポイントを使うと、必ず「印刷資料を配付しろ」というクレームが出て、配布すればノートはとらないわ、そもそも出席しないわ、となる。定期試験期間中に通学バスに乗ると、真っさらのパワーポイントの配付資料を丸暗記している学生をよく見かける(きっと不可だろう)。また配付資料を出せば、そこに書かれていないことを話したり、試験に出したりしにくくなり、パワーポイントの棒読みのような授業になってしまう。すると、「パワーポイントの棒読みでつまらない」というクレームが出る。そこで板書の授業を残すと、今度は「字が読みづらい」というわけだ。

これでも教師になって10年くらいは「板書がていねいで、読みやすい」と言われてきた。ところがこの数年、板書へのクレームが増えてきた。正直、不思議な気がする。むしろ前よりていねいに、詳しく書いているのだが。板書への学生の要求水準が上がったからかもしれないが、私はそうではなく、板書というメディア、それを使ったコミュニケーションが衰退してきているからなのではないかと推測している。だから、どんなにていねいにきれいに書いてもダメで、やはりパワーポイントかな、というのが結論だ。

私の師匠の蓮見音彦先生は、農村社会学の授業で大教室の黒板一面に時間をかけて農村統計の図表を描かれ、私たちは一所懸命にそれを写した。もうコピー機もあったが、写す作業が大切だという感じが確かに伝わったし、省みれば統計表への関心は、蓮見先生の学問の核心だった。私はそのノートを今でも大切に持っている。

倫理学科の佐藤正英先生の授業は、小教室の黒板一面を自分のアイデアで埋め尽くし、埋め尽くすと、黒板消しをゆっくりと回すように消して、また一から書き始めた。その仕草が滑稽で、友人(今は仏教史の先生)と私は「黒板消し男」とあだ名をつけた。しかし、書いては消し消しては書くリズムこそが、佐藤先生の思考そのものであることは、私たちに確かに伝わったと思う。残念ながらこのノートは捨ててしまった。

板書とは、このような身体全体を使って時空間上に開示されるコミュニケーションであり、その上に学問の内容が乗っていたのだが、たぶん身体自体が変容してしまい、目で見ることに偏ったパフォーマンスの消費となってしまったのだろう。そのうえそれはパワーポイントという窮屈な檻に閉じ込められている。このつまらなさを乗り越える術を、今の私はまだ思いつかない。少なくとも「白熱授業」はパフォーマンス過多でダメだと思う。

もちろんクレームを出す学生はごく一部である。逆にノートを上手にとり、こちらの予想以上の試験答案を書いて、私をうならせる学生もいる。だから心配しなくていい、とは私は思わない。クレームに対応するのではなく、クレームを「脱臼」させ、学生たちの身体を呼び覚ますような方法を、じっくり考えていきたい。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 私の仕事 パーマリンク

4 Responses to 板書というメディアの黄昏

  1. とある学生 のコメント:

    私は貴方の講義を受講している学生です。確かに貴方の板書は近くで見れば読みやすく、私もある程度前の方に座るようにしていますが後ろの方からはひらがなだけでなく漢字も所々読みにくいのです。貴方の板書は教室の大きさに合っていないのです。確かに講義は板書だけで行われるものではないと思いますが板書が読みにくいとその事が気になり支障が生じます。それとも後ろの方に座る連中など知ったことではないということほとんどでしょうか?また、以前にクレームが出た後に改善するよう努力するように仰っていたと思うのですが改善するつもりが無いのならここで述べられているようなことを直接伝えるべきだと思います。最後に、パワーポイントにすると学生が真面目に講義を受けないのではと危惧しているようですが、不真面目な学生は板書であろうと真面目には受けません。真面目に受ける気がない学生に無理矢理ノートを書かせて何の意味があるのでしょうか?不真面目な学生を気にかけるより講義に出ている学生にとって受けやすい講義を心掛けて頂きたいです。長々と失礼致しました。

    • 中筋 直哉 のコメント:

      厳しい指摘をありがとうございます。改善するよう心がけてはいるのですが、十分ではなかったかもしれません。再度心して臨みます。ただ私は、私の授業が気に入らない学生さんにも、できればノートをとる習慣だけはつけてほしいと思っているので、また割と詳しいレジュメも事前にウェブ配布していて、とった内容を確認できるはずなので、当分ご指摘を気にかけながら板書を続けようと思っています。

  2. とある学生 のコメント:

    ご返信ありがとうございます。私もノートをとった方が内容を覚えやすいと思っているので、貴方の方針に正面から反対するつもりはありません。しかし、大きな教室なので板書による伝達ではカバーしきれないと思います。レジュメに空欄を設けたりスクリーンに映したワードやパワーポイントの資料に加筆する等の方法があるようなのでよろしければ参考になさってください。この方が教室全体をカバーでき、板書する時間も省けてよりスムーズに講義を進行することができると思います。

  3. 中筋 直哉 のコメント:

    アドバイスありがとうございます。今後の参考にさせてもらいます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください