なぜ「正義の帝国」が問題なのか:日本社会学を「地方化」する

このブログで再三言及する福武・日高の「正義の帝国」、そのような事実が本当に存在したのか?、仮に存在したとしてもそれほど問題にしなければならないものなのか。昔師匠の似田貝香門先生は私を「君の社会学は道楽だ」とよく叱ったが、やはりこれも道楽に過ぎないのか?

私自身の問題としては、これは1つの「トラウマからの解放」なのである。今本当のトラウマ治療は、EMDRのように言葉だけに頼らない方向に進んでいるようだが(最近訳書が刊行されたヴァン=デア=コーク『身体はトラウマを記憶する』は非常に面白い!)、私は、古典的な言葉の自由連想による自己分析に取り組んでいるのである。少なくとも20代の「私の修業時代」がトラウマになっていたことに気づいただけで、大きな進歩だったと思っている。

学問的には、かつて「日本の都市社会学」(菊池・江上編『21世紀の都市社会学』学文社所収、ところで、この本どうなってしまうんだろう?)で取り組んだことを、新たにやり直そうとしているのである。そこでは、学説史の新しい読み方として、学説史をはじめから客観的な知識が順接的に深まり広がる過程としてではなく、はじめから偏った知識が経路依存的に深まり広がっていく過程として読み直すこと、その作業を通して偏り、すなわち学説史の古い制約を新しい研究の資源に組み替えていくことを提唱した。この考え方を、私はJ.デリダから学んだつもりでいたのである。「地域社会学の知識社会学」(町村敬志編『地域社会学の視座と方法』東信堂)でも同じ手口を使った。そうして私の二枚看板である都市社会学と地域社会学を「脱構築」したつもりになっていた。しかし、それではトラウマから解放されなかったのである。今読み直すと、2つの論文はいずれも乗り越えるべき過去にかえって執着している、いや執着させられている。これでは、治癒したエリザベート嬢がフロイトに一瞥もくれなかったようには、なっていない。

この作業は、私個人のトラウマ治療に過ぎないのだろうか。私はそうは考えていない。私のやり方では個人的事情が絡みすぎてうまくないかもしれないが、21世紀の日本社会学全体にとっても、20世紀の日本社会学というトラウマから解放されることは意味があるのではないか。とりわけ学界も少子高齢化し、「前世紀の遺物」(全共闘的表現だが、まさに全共闘世代がそうなのだ)が元気に活動し続ける今、必要なことだと思う。

まだ読んでいないので見込み捜査の域を出ないが、今後この作業に、D.チャクラバルティの「地方化」という考え方を適用できるのではないかと想像している。ここまでデリダがそうであったように、敵手の中心ばかり論じてきたが(自分が中心にいると思い込んで)、周辺での中心の限定的な(「地方化」された)現れを見ていくことを通して、中心を中心でなく扱える、「地方化」することができるかもしれない。それができたとき、私も21世紀の日本社会学も「正義の帝国」から「脱呪術化」できるかもしれない。

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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