喜びよ、それは神々の美しき火花:年末の第九について

窓の外は雪、多摩キャンパスは一面白銀の世界だ。

師走の声を聞くと、今年のN響の第九は誰かな、と気になる。指揮者もそうだがソリストもそうだ。昔は毎年アルトは伊原直子さん、みたいな感じだったが、この頃は毎年新しい人が出て、声楽に熱心ではない私には興味を広げる絶好の機会だ。10年ほど前だったかソプラノの森麻季さんが出て、それはすごかったのでびっくりしたが、あっという間に日本を代表する歌手になった。今年の指揮はブロムシュテットだそうだ。スケジュールを見ると、ほぼ1週間振りっぱなしで、元気だなあと感心する。

手持ちのCDで一番のお気に入りは、ワルターが1955年にウィーン国立歌劇場再開記念コンサートで愛憎あるウィーンに復帰したときのものだ。昔から第九といえば、フルトヴェングラーが1951年にバイロイト音楽祭の再開記念コンサートで振った演奏が「バイロイトの第九」として有名だが、私はワルターの方が気に入っている。ワルターを聞いた後フルトヴェングラーを聞いてみると、ワルターもウィーンフィルも素直に演奏に集中しているのに比べて、何だか力が入り過ぎ、空回りしている感じで気の毒になる。今はYouTubeで戦争中のナチの将校たちの前での(ヒトラーはいない)ベルリンフィルの演奏会も見られ、そちらの方が集中している感じなので、フルトヴェングラーは分が悪い。

しかし、突き詰めて考えれば、ワルターがいいとか、フルトヴェングラーが悪いとか言えないような気がする。そもそもこの曲自体が、長いナポレオン戦争の終わりを記念する曲なのだから。人類の平和と愛を唱ったというには、生臭すぎる曲なのだから。聴力を失い、孤独と老いと貧乏と猜疑心に苛まれていた、「かっこ悪かった」(谷川俊太郎)54歳のベートーヴェン自身はさておき、初演の聴衆は、そしてワルターやフルトヴェングラーの聴衆もそう聞いただろうから。

アウシュヴィツ収容所に収容された少年たちも、理不尽な死の直前に、しかし死を予感することなく、この曲を歌ったという(O.クルカ『死の都の風景』、ホロコーストに関わるこの本は、都市論としても読めると思う)。

もし宇宙人にこの曲を説明するなら、私はこのように説明するだろう。

ちなみに、ウィキペディアで見ると、「歓喜に寄す」の第1節は「神々の美しき火花」になっていないが、これはそう訳すべきなのではないか。シラーのタネはユダヤ神秘主義なので「火花」でなければならないのではないか。

 

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 私の心情と論理, 見聞録 パーマリンク

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