恐怖の歴史人口学:中川清「日常生活における戦後性」を読み直す

ふと書架で見つけて読み直して、血の気が引いていく。

中川先生は、『日本の都市下層』(1985)を読んで以来、私の憧れの人である。また中川先生を最後の王としていただく(最後の女王は岩田正美先生)、高野岩三郎を太祖とする「家計調査―生活構造論/労働経済学」王朝も、私にとって「オルタナティブな社会学」として憧れの学問である。

前に記した「学会官僚」として、日本社会学会大会のプログラム作成にたずさわっていたとき、委員長の倉沢進先生が、いつものいたずらっ子のような笑みを浮かべて、「中筋君の部会の司会は高橋勇悦さんがいいかな、中川清さんがいいかな」と聞いてくださった。私もはじめての学会発表をエントリーしていたのである。私は即座に「中川先生でお願いします」と叫んだ。高橋先生のことはまだ論文でしか知らず、コミュニタリアンの先生が私の野心を理解してくださるとは思えなかったこともあった。でも、中川先生にお会いできるのが、天にも昇る心地だった。幸い先生は私の学問を理解してくださり、その後ご論考を送ってくださったり、私の論文を読んでくださったりという関係が続いている。ただ慶應の研究室にうかがう機会を何度か探ったがうまく行かず、お目にかかったのは1回きりである。中川先生の第二の主著『日本都市の生活変動』(2000)への書評(『日本都市社会学会年報』19、ウェブで読めます)は、そんな私の先生への熱烈なラブレター(チャイコフスキーがフォン=メック夫人に宛てたそれのような)である。

この論文は、先生がご恵贈くださった渡邉昭夫編『戦後日本の形成』(1996)に収められていて、とくに恐ろしいのは、第二次世界戦後の日本の出生数と人口妊娠中絶申告件数をまとめた「表」である。1956年生まれだと(私より10歳年長)、出生数166万、中絶件数117万で比が0.70、つまり産まれるはずだった子どもの4割は間引かれたということになる。この傾向は54年から62年くらいまで続いた後、低下していく。65年生まれ(私の生まれた66年は表にないが、この年は「ひのえうま」なので例外)は182万の84万で0.46、私の子どもの世代の00年生まれでは119万の34万で0.29、2013年では102万の18万まで0.18である。

間引かれた4割の子どもにはそれぞれ間引いた母親と父親がいる(私たちの母であり、父である)。多分間引く(間引くことに同意する、あるいはさせる)人と間引かない人は分かれるだろうから、間引く人は何度も間引いたのだろう。また間引かれずに済んだ私たちとは、いったいどのような存在なのだろう(私は「ひのえうま」なので、二重の意味で生き延びたのだ)。そしてこの衝撃的な事実は、中川先生が鋭く指摘するように「日常生活」に他ならなかった。だから「浅間山荘事件」のような事件史として記憶されることもなかったのである。私たちは今この事実を家族社会学的に、ジェンダー論的に、セクシャリティ論的に、精神分析的にどう理解できるのか。考えれば考えるほど、血の気が引いてくる。

「表」では、市部と郡部に分けた比も示されており、郡部が0.6で安定しているのに対して、市部が最大0.8まで郡部より先に急速に昂進した後(つまりほぼ2人に1人が間引かれた)、これまた郡部より先に衰耗したことが分かる。といことは都市の子育て環境が劣悪だったからではなく、社会心理学的な流行現象だったとみていいのではないか。この言葉を使いたくないが、ある種のパニック、集合行動だったといえるのではないか。

G.アガンベンの『アウシュヴィッツの残りのもの』という本があるが、この中絶の嵐を生き延びた私たちは、「戦後日本社会の残りのもの」なのかもしれない。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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恐怖の歴史人口学:中川清「日常生活における戦後性」を読み直す への2件のフィードバック

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    この「王朝」の遺産(レガシー)は、今の若い世代の「民主制の」貧困研究に受け継がれただろうか。中川先生と岩田先生の90年代の研究をみれば、その困難さは明らかだ。中川先生はこの時期客観的な「家計」から主観的な「言説」へと戦線を拡張されている。岩田先生はこの時期男性賃金労働者家族からホームレスと女性へと戦線を拡張されている。つまり太祖高野岩三郎が大正期に発見した「家計」(社会史風に言えば、その時期に「誕生」し、「創造」され、「形成」された)が社会的事実として終焉した結果、この「王朝」は命脈が尽きたのだ。しかし、私は言説でも生活史でもない、家計というデータにはまだ見直すべき価値があると思っていて、ちょっとした研究を構想している(ゲルナーやラザースフェルドはどうなったのか?)。

  2. 中筋 直哉 のコメント:

    間引きの実際について、中川先生は大多数の家庭が3人目から中絶したと推測されているが、そうだろうか。中年期まで上手に家族計画をして3人くらいに「数字を丸める」家庭(「丸める」と書くと、やはり怖い)と、その余裕もなく若年期から中絶を繰り返す家庭に二分されていたのではないか。またこの表には盛り込まれていないが、死産、流産、嬰児殺しの件数も考慮すべきだろう。いずれにせよ、「すべての子どもは尊重されるべきである」という倫理がこの国で実現することは、歴史的には絶望的に難しいということは確かだ。

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