『菊と刀』のデザート企画:『東京物語』と『江分利満氏』を見る

学部2年のゼミの『菊と刀』の講読が、今年も無事終わった。時間が余ったので、食後のデザート企画として、小津安二郎『東京物語』(1951,松竹)と岡本喜八『江分利満氏の優雅な生活』(1963,東宝)を続けて見ることにした。特に共通点があるわけではないが、両方とも間接的にではあるが日常死と戦死のの対照性と共通性という問題に触れているところと、それをセンチメンタルに映画化しているところが、『菊と刀』に関わると私は思っている。

『東京物語』は、今見るといい意味で普通の大衆映画だなと思う。学生時代に見たときは、蓮實重彦などのペダンティックな映画評論の影響を受け過ぎていて(銀座の並木座でメモをとりながら見ている人を何人も見た)、愚かだったな、つまらなかったなと思う。今一番びっくりするのは、俳優座東山千栄子 VS. 文学座杉村春子の母娘役対決だ。こんな濃密な演技対決(ウケの演技とセメの演技)はそうないと思う。成瀬巳喜男『流れる』(1956,東宝)での映画女優山田五十鈴 VS. 舞台女優杉村春子の対決も見ものだったが、それ以上だと思う。明らかに東山をライバル視している、杉村春子のテンションの高さはほんとうに尋常ではない。一方、学生時代に見たときは、原節子の次男の嫁が彼女が言う通り「ずるく」見えて好きになれなかったが、今見ると、笠智衆の父親が言う通り「あんたはええ人じゃよ」と思えるようになった。昔笠の息子さんが「若いうちは『東京物語』は分からない」といっていたが、確かにそういう部分はあると思った。

『江分利満氏』は、高校時代の友人に今も感謝している。原作もそうだが、私にはセンチメンタルにグッとくる映画である。一番グッとくるのは、佐藤勝がつけたハバネラ風のテーマ音楽だ。江分利が庄助にマカロニを食べさせるところ、江分利がピート(ジェリー伊藤!)の前で泣くところ、音楽が静かに寄ってきて。私の心を江分利に近づける。膨大な佐藤の映画音楽作品の中でも屈指の名作だと思う。

もう1つグッとくるのは、新珠三千代の美しさである。江分利の妻はどちらかというとコメディエンヌの役回りなのだが、どのシーンも美しい。というか、端的に私の好みのタイプなのだ。美しくて真面目なのだが、どこか可笑しいというところが。そういえば、未婚時代の秋篠宮様(1つ年上で、母親が同じ捻れ体癖)がファンだとおっしゃっていた。たしかに紀子妃(昔東大大学院の入試を一緒に受けた!)は似てなくもない。あるいは横山泰三が「彼女の鼻筋は天下一品だ」と言っていたのを思い出す(ヘンな誉め方!)。

ちなみに、昔の日本映画で、その線で私の好きな女優はただ2人で、新珠と、もう1人は田坂具隆『乳母車』(1956,日活)の芦川いづみだ(『乳母車』には新玉三千代も出ていて、これも美しいが、この映画で一番美しいのは、実はデビューしたばかりの石原裕次郎だ)。芦川も美しくて真面目なのだが、どこか可笑しい。銀幕のうちに2人の姿を見ているだけで、私は幸せだ。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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1 Response to 『菊と刀』のデザート企画:『東京物語』と『江分利満氏』を見る

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    ファンの間では周知のことかもしれないが、今回気になったのは、初夏という設定なので登場人物は皆よく団扇を使うぐのだが、その絵柄のほとんどが高峰秀子であることだ(木暮実千代が1回くらいか?)。とくに香川京子がよく使っている。つまりこれは「小津コード」で、小津はほんとうは末娘の役を新人の香川にではなく、高峰にやらせたかったのではないか。そうだとすると、終幕近くの原節子との対話のシーンは、東山杉村対決をはるかに超える、異常に緊張感のあるものになっただろう。こういうイフをを想像するのは楽しい。黒澤明の『生きる』の終幕近くに登場する警官だって、脚本を読めば、私は絶対三船敏郎の役だと思う。あれが三船だと、通夜の席はほとんど不条理劇だ。

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