大丈夫か?岩波新書編集部:鎌田遵『ネイティブ・アメリカン』を読む

尊敬する同業の先輩、新原道信先生に薦められて、鎌田遵『ネイティブ・アメリカン』(2009,岩波新書)を読む。また些細なことに引っかかってしまう。55頁に「アルフレッド・クロエバー夫妻という先住民に被害を与えた文化人類学者」という記述があるが、これは日本ではずっとクローバーと書き表されてきた上、妻のシオドーラはずっと後で結婚した上、学者でもなかったので、夫妻で文化人類学者として先住民に悪事を働いたわけではない。そんなことは2人の愛娘U.K.ル=グィンの『ゲド戦記』の読者にはおなじみだろう。

問題は、シオドーラのベストセラー『イシ』に言及し、文献目録にも岩波現代文庫の『イシ』を挙げているが、どれもクローバーではなくクロエバーと書いていることだ。もしかすると著者が学んだUCバークレー(クローバーが学問の創始者だ)のネイティブ・アメリカン学部では、「父殺し」のために先住民語の発音でクロエバーと呼んだのかもしれないが、それにしても、岩波はずっとクローバーと書いてきて、『イシ』は(『ゲド戦記』も)儲けた本のはずなのに、どうして新書の編集者は校正で加朱しなかったのだろうか。実は著者のワード原稿に全然目を通していないのでは?。大丈夫か、岩波新書編集部・・・(ただし8年前なので、改版しているかもしれない)。

さて、本そのものの評価については、新原先生には悪いけれど、私は全然ピンとこなかった。違和感の根源は、なぜ何の関わりもないアメリカ先住民の擁護者あるいは代弁者になれるのか、著者の立ち位置が分からないことにあるが、より具体的な違和感は、クロエバーのことが象徴するように、たいして勉強もせずに文化人類学や社会学を抑圧者のイデオロギーと切り捨てているところにある。もちろん原住民をゲリラに仕立て上げたEP(エヴァンズ=プリチャード)は論外だし、陸軍機で上海入りした福武直の『中国農村社会の構造』も論外だけれど、クローバーや、イシに過剰な聞き取りを強いて彼の命を縮めたといわれる(自分の命まで縮めてしまった)ボアズ門下の後輩E.サピアがいたからこそ、先住民の文化や言語を今再生できるのではないか。そして移民や移民二世であるボアズやクローバーの時代に、西欧中心主義への疑念は、文化人類学や社会学のうちに芽生えていたのではないか。だから、レヴィ=ストロースは『悲しき熱帯』のなかで、『イシ』より前に、イシの話を愛惜をもって書き記したのではないか。そもそも文化や社会の多様性を扱える学問が文化人類学や社会学以外にあり得るのか。少なくとも先に取り上げた『残響のハーレム』を読む限り、著者が学位を取った都市計画学ではないことは明らかだろう。

ピンとこないところが、たぶん私の精神に巣くった、科学主義から西欧崇拝に至るイデオロギーの疑いがあり、考えなければならない問題ではないかとは思う。その意味では、読んでよかったといえるかもしれない。しかしやはり、私にいい感じのしない本だった。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 私の仕事, 読書ノート パーマリンク

1 Response to 大丈夫か?岩波新書編集部:鎌田遵『ネイティブ・アメリカン』を読む

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    レヴィ=ストロースにとってフィールドとしてのアメリカ両大陸は、先住民と移民が出合う場所、そこに芽生える知という意味で「後追いと予示」の場所だったのだろう。『悲しき熱帯』から『神話論理』まで、そこが読書のキモだと思う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください