自然村化する行政村:山崎仁朗先生追悼

学会の会報を通して、山崎仁朗岐阜大准教授の訃報を聞いた。山崎先生はほぼ私と同年で、先日の道場親信先生と同じく、厳しいがん闘病の後、亡くなったとのことである。

10年ほど前に、私はそれまで数年間ひとりで細々と続けていた中山間地域の研究を学会で発表した。それに関心を持ってくださり、自らの立場から批判してくださったのが山崎先生である。たしか鈴木栄太郎の「自然村/行政村」対概念を示され、私の研究は両者を対立するものとして捉えているが、そうではなく、相互浸透あるいは行政村が自然村化するプロセスが分析的にも政策科学的にも重要なのであり、それゆえ自分は旧小学校区(だいたい自然村的範囲)の再生を追っているというお話しだった。その後『社会学評論』(63(3)、2013)に「鈴木栄太郎における『自然』と『行政』」という優れた論考を発表され、鈴木村落社会論への従来の評価を一新された。並行して、中山間地域やコミュニティ政策に関する大きな研究を次々と発表されていたのである。

鈴木村落社会論については、私の前には有賀喜左衛門「村落の概念について」(初出1958『著作集第2巻』未来社)、倉沢進・似田貝香門「都市社会構造論」(『社会学評論』80,1970)、蓮見音彦「行政村としての自然村」(北川隆吉他編『現代世界の地域社会』東信堂,1987)、玉野和志「町内会」(吉田民人編『社会学での理論で読む現代のしくみ』新曜社,1991)があるが、山崎先生のお仕事は、そうした流れから離れて、鈴木の原テキストに遡り、「平成の大合併」後の日本の地域社会に実践的に関わっていく地域社会学を構想するものだった。私は理論的にも、わずかなフィールド経験からも異論があり、「コミュニティ研究における社会学の領分」(『公共政策志林』2,2014、リポジトリで読めます)でそう論じたが、その後私の方が病気になって学会に出られなくなり、またフィールドもやめてしまったので、さらに意見を交換することなく、亡くなられてしまった。道場先生と同じく、非常に残念である。

ただ、亡くなられたからといって、山崎先生のご見解に同意するわけではない。今はもう一度ご研究を読み直して、山崎先生が目指された方向性を積極的かつ批判的に受け継ぐことを考えてみたい。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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