ムラヴィンスキーだけが正しいのではない:N響定期演奏会に教えられる

昨夜ETVで放映されたN響の定期演奏会は、近頃にない、素晴らしい出来だった。ショスタコーヴィチのプログラムで、ピアノ協奏曲第1番も交響曲第12番も納得、感動の演奏だった。指揮の井上道義の研鑽、とくにハーモニーへの分析力とそれに応えたN響の技量の高さの成果と思う。

ショスタコーヴィチは、私にとって生理的にもっとも親しい作曲家の1人である。野口晴哉流にいえば左右体癖。仰々しいのに軽々しいピアノ協奏曲第2番を聞くと、鏡に映った自分を見るような気がする。それだけではなく、人生のつらいときによく聞いた。山梨大学で腐っていたときにはよく交響曲第12番を聞いていたし、学生の大麻事件で大学をやめようと決意したときには、心の中で交響曲第8番の終楽章が鳴っていた(この曲が一番好き)。最近は交響曲第13番を聞くことが多い。ずっとムラヴィンスキーで聞いてきたし、それ以外の演奏がいいとは思えなかった(13番はコンドラシン)。ちなみにムラヴィンスキーも左右体癖だと思う。

しかし、テミルカーノフの指揮で交響曲第7番を聞いたとき(これもETV放映)、ハッとさせられた。テミルカーノフは、先任者ムラヴィンスキーを明確に否定していた。急くようなテンポをやめ、各フレーズを鳴りきるまで鳴らすと、ヨコの展開が消え、タテの構成が浮き上がってくる。ハーモニーの作家としての個性が見えてくるのである。

井上道義はテミルカーノフとはまたちがったやり方だ。よく耳で聞き(たぶんすごく耳がいいのだ、この人は)、それぞれのパートの音量にメリハリを付け、さらにそれぞれのフレーズを楷書的にトメハネするかたちでハーモニーをコントロールしている。だからテミルカーノフのようなマスではなく、構造としてのハーモニーが聞こえてくるのである。これは同じ曲に何度もチャレンジしないとできないことと思う。すごい努力だ。井上道義は、現役の日本人指揮者としては私が一番長く、多く聞いてきた人だ。こんなに遠くまで進まれたことに、深く敬服する。

N響もすごくいい反応で、デュトワ時代以来の活きの良さだったと思う。アシケナージィ以降ちょっと昔に戻っていたので。曲としての聞かせどころはトロンボーンとクラリネットなのだが(トランペットとオーボエでないところがまた、いい)、私がどきどきしたのは大太鼓。タオルを使って残響を止めるタイミングが絶妙で、もちろん指揮者の指示があってのことだろうが、大太鼓の黒田英実さんの研鑽のたまものと思う。

実は黒田さんのファンである。彼女がトライアングルをたたき出した頃から注目していて(それはそうだ、N響打楽器で初の女性だったもの)、グロッケンやタンバリン、小太鼓に魅せられてきたが、とうとう大太鼓である。いよいよ次はティンパニーだ。ぜひベートーヴェンの交響曲を叩いてほしい。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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