故郷は遠きにありて思うもの:NHK『ブラタモリ』神戸篇を見る

2回の放映で、前篇は途中までしか見られなかったのでその限りでの感想になる。前篇が兵庫津の話ではじまり、後篇も途中からは湊川の話だったので、北野の異人館街の話はあれ、神戸の紹介としてはひねったものだったと思う。紹介する店が瓦せんべいの亀井堂というのも凝っていた。全国的には「何の店?」だろう。兵庫運河沿いの製粉工場が(懐かしい、昔は和田岬線からクリーム色のホッパー貨車が出入りしていた)神戸の菓子製造を支えていたというのは、ちょっと話盛り過ぎか。

新神戸のホテルの最上階から六甲山系の麓を映して、神戸の街の北端は断層ですね、という。高校生の頃祖父の書架から「陸地測量部」の地図を探し出して、布引や平野にいくつか温泉マークを見つけ出したことを思い出す。高校の食堂で「ヌノビキ」というサイダーを売っていたが、あれは鉱泉水だったのだろうか。断層、それは・・・。と一瞬心が冷たくなるが、タモリはタモリらしくそれ以上けっして触れない。他にも触れる必要もないことに触れないところが、ブラタモリらしいと思う。個人的な興味以外はけっして「おつきあい」の域を超えない。それはこの国で(を)批判することのひとつの作法なのだろう。

大倉山の新湊川のトンネルが廃止されていたのは(六甲山にはいっぱい自動車トンネルを掘ったのに)、おどろきだった。中には入れるのなら、いつか見てみたい。

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 扇の港より, 見聞録 パーマリンク

1 Response to 故郷は遠きにありて思うもの:NHK『ブラタモリ』神戸篇を見る

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    再放送で前篇を見ると、断層の問題により明確に(しかし暗示的に)触れていた。明石海峡が構造的な破砕帯の中心であることは、天然の良港といわれる神戸港を生み出した地学的条件と表裏一体である、と。ほんとうに震災で苦しんだ方々にこの言葉が響くがどうか分からないが、私には腑に落ちる話だった。震災の数年後、家族のドライブで明石海峡大橋を越えたとき、それが橋梁設計者として関わった叔父の夢の実現であることを思いつつも、子どもの頃小さなフェリーで(千鳥に囲まれながら)渡ったときの楽しさとは対照的な、禍々しさを感じた。その記憶が蘇って腑に落ちたのである。また、女性の郷土史家の方が六甲山を「ロ」にアクセントを置いて話す(「ロッコサン」になる)のにも懐かしさを感じた。神戸っ子の発音だと思う。

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