『刑事フォイル』再放送が楽しみ:NHKBSプレミアムで今日17時から

NHKBSプレミアムの海外ドラマ、『刑事フォイル』(原題は『フォイルの戦争 Foyle’s War』だが、こうしか翻訳できないだろう。またフォイルの職名はD.C.S.とオフィスの扉に書いてあって「警視正」と訳されているが、たぶん Detective Chief Superintendent で、直訳すると「刑事部主任警視」となる。ヘイスティングス警察署長の次というくらいの地位だろうか)を楽しみに見てきた。明晩の放映で一応戦争が終わって最終回ということでさびしいが、今日の夕方から第1回からの再放送が始まるので、また楽しむことができる。J.ブレッドの『シャーロック・ホームズ』やD.スーシェの『名探偵ポワロ』などの系譜に連なる、いかにもシェークスピアの国らしいドラマシリーズである。

私がこのドラマシリーズに惹かれる理由は4つある。まず1つめは、スピットファイア戦闘機はじめ、動態復元された兵器や乗りものが次々と出てくること。CGではないので安心して見ていられる(CGやアニメだと、アナログ世代の私は作り手の自己満足が鼻につくことが多い)。2つめは、イギリスのドラマらしく、大人の性愛(同性愛も含めて)がつねに物語の鍵になっていること。ただし犯行にとってより重要なのは親子、それも父と息子の葛藤であることも興味深い。3つめは、先の大戦の描き方。『永遠の0』や『この世界の片隅に』と比べてみると、彼我の差は歴然たるものがある(といっても両方ともまだ見ていない)。最終回の前の回は、ホロコーストを生き延びた知識人が衝動的な殺人を犯すという、衝撃的な結末だった。

しかし、一番の理由は、主人公フォイルのキャラクターにある。その前の回でフォイルは上司に逆らっていったん辞職するのだが、その理由は、戦時下の人びとはさまざまな目の前の利害関係に基づいて例外的な対応を要求するが、それに従うなら、法に基づいて殺された人の人権を回復する、刑事警察官としての公務を全うできないというものだった。つまり集団の政治VS法の下の個人という英米法的な法哲学を、物語はつねに堅持しているのだ。社会学的に言えば、コミュニティではなくソサエティということである。この思想を、他ならぬ社会学者ですらまったく構築できない国の一市民として、私はこのドラマから目を離せないのである。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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1 Response to 『刑事フォイル』再放送が楽しみ:NHKBSプレミアムで今日17時から

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    イギリスのテレビドラマにはじめて魅せられたのは、90年代に日本放映された『野望への階段』というBBCのドラマである。近未来ドラマという触れ込みだったが、どう見ても『リチャード三世』ばりの歴史劇だった。そのドラマの中で、理想家肌で政治に疎い国王(チャールズ王太子がモデル!)の役を演じていたのが、このドラマの主人公フォイルを演じるマイケル・キッチンだったことを思い出した。主人公の首相が国王に言い放つ。「あなたの一族がこの国に来るずっと前から私たちはこの国を治めていたのです」。

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