サウジアラビア国王来日を歓迎しないの?:今朝の朝刊記事から

今朝13日の朝日新聞朝刊(13版、名古屋版)1面トップは天皇陛下退位問題の衆参両院の議論の方向性という不要不急の記事で、あれ?と思う。たしかサウジアラビアのサルマン国王が大勢の家臣を連れて来日されたのではなかったか。新聞をめくると3面にごく小さな記事で報じられていて、出迎えられた皇太子殿下と震災式典に出席された秋篠宮様とが分担だったらしいことだけは分かる。しかし国際面にも社会面にも記事はなく、中程に2面を使った関連商社による歓迎の全面「広告」が掲載されているだけである。もちろん1週間ほど前の国際面に2回連載でサウジアラビアの現状リポートがあったが、その題は「石油の先に」だった。

ちょっとどうかしていないか。あれだけISのことを報じているのに、「2聖モスクの守護者」の来日を、宗教と政治に関わらせて報じないのは、文化は内向き、外向きなのは経済だけという、この国の一番ダメな部分を露わにしていないか。

といっても、私もサウジアラビアやアラブ世界にずっと関心を持ち続けてきたわけではない。たまたま目にした「2聖地モスクの守護者」という称号と「ビン=アブドルアジズ」という王の姓?に興味をもっていたので、ちょっと前から調べていただけである。

ウィキペディアなどで見ると、「2聖モスクの守護者”custodian”」という称号はサラディンに遡るもので、オスマン帝国のスルタン=カリフの別称として用いられてきたものを、オスマンから2聖地を奪った(アラブ人として奪還した)サウジ王家が、近年正式に用いるようになったらしい。なるほど「聖墳墓の守護者 “adovocate”」たちからエルサレムを奪還したサラディンらしい称号だ。一方「王」の方はマリクというらしく、これは西欧の「侯」(マルキーズ)と通じる言葉なのだろうか。復活されたこの称号の政治的意味についてもう少し考えてみたい。

「ビン=アブドルアジズ」の方は、アブドルアジズの息子という意味で、私たちの感覚での姓ではないらしい。私たちの感覚での姓は「アル=サウド」で、この族称のなかで親や祖父の名を継いで「ビン=〇〇」とか「イブン=〇〇」という風に付けるらしい。さらに直系や嫡出の概念が薄いので、たくさんの「ビン=アブドルアジズ」の王子たちが年の順に即位していく仕組みらしい。他の人はそうではないかもしれないが、私は家族社会学や文化人類学の親族組織論を学んだときに、アラブの親族組織のケースをちゃんと学ばなかったので、じつに新鮮に感じた。もちろんわが国でも親や祖父の一字をとることはあるが(「秀」忠や「家」光)、それは名前が家産あるいは家業の象徴だからであり、秀忠が太閤秀吉の親子なりの子であること、家光が神君家康の孫であることを直接表しているわけではない。あらためて言うまでもないことだが、人間は実に多様な制度を創り、守るものだと感心する。

離日されるまで、「2聖モスクの守護者」の動静がどう伝えられるか、少しずつ勉強しながら、もう少し見守っていたい。

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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