天職としての社会人大学院2

先に社会人大学院が天職だと書きました。それが大げさな言い方でないことの証拠を挙げておきます。法政大学図書館のOPACで中筋直哉で検索すると、私の本は1冊+科研費の報告書が1冊だけしかなくて、それ以外は全部私がこの10年間(1年間は国内研修で休み)で指導した修士論文です。全部で28本で、より簡易な政策研究論文で提出した人と公開を辞退した人を加えると31本になります。年3本のペースですから、大きな研究者養成の大学院くらいの仕事はしているといえるかもしれません。もちろん、社会人大学院ですから論文の専門性は十分ではないかもしれません。また私が指導したといっても、書いたのは学生の皆さんです。でも、あらためて28本の一覧を見ると、1本1本の個性的な問題関心に付き合おうと努めてきた10年が思い出されて、新しいやる気がわいてきます。もっとも、とりわけ最初の頃は、自信がない割に肩に力が入りすぎていて、指導される側にはかなり迷惑な教員だったかもしれないと、反省しています。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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