2軒の「武橋洞」の思い出:卒業生の訪問を受けて

毎年3月24日はわが大学の卒業式だが、今年は思いがけず卒業生の訪問を受けた、彼は「トム・ハングル」のハンドルネームで、韓国の地方文化や旅行情報を発信している。自分の興味を長く温め続ける、志ある人だ。学内でひとしきり話したあと、彼の案内で新大久保の韓国料理店「水刺齋」に移動して、夕食をともにした。実は最近韓国・朝鮮の料理文化に研究上少し関心を持っているので、美味しく、また面白くいただいた。そこで思い出話・・・。

90年代初頭、まだ東京のコリアンタウンといえば東上野だった頃、食いしん坊の師匠に連れられて、赤坂の「武橋洞」という焼肉店を訪れたことがある。師匠は「東京で唯一『韓定食』を食べさせる店」と言って連れて行ってくれた。私は焼肉にすら偏見のある関西の家に育ったので、「韓定食」が何か、まったく知らなかった。もちろん焼肉は出てこず、ゼンマイとか青菜とか、何か懐かしい、でも味付けはまったく異国の皿が次々と出された。少しして、今度は師匠は新大久保の同じ名前の「武橋洞」に連れて行ってくれた。こちらは庶民的な品揃えで、品書きが全部ハングルなので困ったが、お女将さん(オモニというべきだろうか・・・)がとても素敵な方で、一つ一つ説明してくれ、そのどれも美味しかったことを覚えている。2軒の「武橋洞」とも今はない。ただ私の覚えている2軒の味は、今もわが家のお浸しとキムチ鍋に活かされている。

私の師匠は、最近ではBSTBSでとんかつの名店探訪を発信している。昔と変わらない名調子をテレビで聴きながら、私はわが家の1週間の献立を考えている。結婚して地方に移り住み、食べることは作ることになって、私の食いしん坊の徒弟修行は終わった。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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3 Responses to 2軒の「武橋洞」の思い出:卒業生の訪問を受けて

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    師匠と私の関係は、ちょうど『マイ・フェア・レディ』のヒギンズ教授とゾルターン・カルパッツィの関係と言えばいいかも。

  2. 先日はありがとうございました。あのとき私のほうからは有益なお話ができずに、学生に戻った気分で教わるばかりでした。

    最近、半島事情でメディアが騒がしくふと思い出したのですが、北朝鮮では唐辛子を多用しない料理が多く、逆に韓国の南部は刺激的な辛さでヒーヒー言いながら食べた記憶があります。

    私も韓国の宮中料理に詳しい師匠に、ソウルの北朝鮮式韓定食の店に連れて行って頂いたことがあり、キムチなどのおかずもあまり辛くしないと聞きました。先日のスンドゥプ・チゲも、韓国北東部では海水のにがりを使った辛くないタイプがあったりします。

    またご連絡致します。

    • 中筋 直哉 のコメント:

      トム・ハングルさん、コメントありがとうございます。そうですね。朝鮮半島とか韓国とか、政治的な範囲を生活や文化に安直に当てはめては行けませんね。それを踏まえた上で、やはり半島の北半と南半、日本海側と黄海側で中世から近世の交通、とりわけ水上交通のかたちがちがっていたのではないかと、想像します。またお目にかかりたく。

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