東大でない教師が新入生にすすめる本2:ジェンダー・バイアスの修正

前便では、例によって自分の都合ばかり書き立てて、それぞれの本の魅力を語っていなかった。それに見返すと、明らかにジェンダー・バイアスである。そこで追補を。

追補したい本で研究者としての必読本でもあり、印象に残った本でもあるのは、荻野美穂『家族計画への道』(岩波書店)である。このテーマの重要性は、すでに「恐怖の歴史人口学」の項で記した。私たちの近代社会を考える上で、人口学的転換が自然に進行したのではなく社会的に推進されたこと(マルクス主義の用語を使えば「強蓄積」)、その果てに今の私たち一人ひとりの生=性がある/ないことを、この本は教えてくれる。別にフーコーを読まなくても。

さて、先に挙げた本の魅力について。まず『日本の喜劇人』は、プロフェッショナルの世界とその変動を教えてくれるところが魅力だ。プロフェッショナルは孤高の人ではなく互いに意識し合い、影響し合って存在するのであって、また急に集合的に開花し、急に時代遅れになって忘れられるのである。しかし、その個性だけは誰も代わりを務めることはできない。さらに、バブル期の漫才ブームや小劇場ブームへの批判という「同時代的関心」から書き起こされていることも見落とせない。この本は社会学ではないが、「同時代的関心」こそは社会学の命である。

『都市のドラマトゥルギー』の魅力は、表向きは凄まじいまでの資料収集力とそれを単純明快なストーリーにまとめ上げる整理力にある。しかしその裏側にはやはり「同時代的関心」があり、さらにその奥に、同時代に立ち向かおう、先を行こうという野心がある。こうした野心は、私にはまったく別の線だけれども、学問の動機としてアリだと思う。ただし、肝腎の理論を先生に頼っているところが、この本の若書きらしいところであるか、もしかするとこの著者の、研究者としてのアキレス腱かもしれない。

『社会科学における人間』の魅力は、社会科学の目的が人間の、今を生きる人間の可能性の探究であることを宣言するところである。もちろん、もう少し勉強するとC.レヴィ=ストロースの「世界は人間なくして始まった。そして人間なくして終わるだろう」(『悲しき熱帯』)という言葉に出合うだろうし、この項が反省した通り、人間=健康な成人男性の概念が偏向していることにも気づくだろう。でも、やはり人間の可能性を開拓するために、少なくとも社会学はあると思う。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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