ひとりぼっちで死んでいく:新国立美術館「草間彌生展」を見て

市谷での仕事の合間に、六本木の(「強い連隊、三連隊」跡の)新国立美術館に草間彌生展を見に行った。わが職場は全学部キャンパスメンバーで割引有り、文学部の一部学科だけの某都の西北大学とはちがう。エッヘン!

もともと美術「音」痴で、好きな芸術家というと佐藤忠良ぐらいだったのが、「市民運動論」という講義のなかで70年代の社会運動とアートの関係を話そうと思って、最初は寺山修司かなと思ったが、グローバルな投企という点と今につながっている点だと断然草間彌生だと思い直して、調べたり見たりするようになったのである。

感動した。一番感動してちょっと泣きそうになったのは、「我ひとり死にゆく」という題の80年代に書かれた大判の4連画の1枚である。自分の死に自分で一面の花を手向けるような、厳しさと寂しさを感じた。でも、その前の絵は神の啓示、後の絵は魂の復活だから、無に向かう死ではないのだろう。ただし復活の絵だけはなぜかモノクロで、その意味が分からない。何度も見直して、考えてみたい絵だった。

もう1つ見てみたかった少女時代の「無題」という絵、母親を描いたらしいその絵にはすでに一面にドットがちりばめられている。展示の位置のせいか、ほとんどの観客は素通りしていく。いや、たぶんこれは多くの女性(平日昼のせいか、女性が圧倒的に多い)にとって見たくない絵だからだろう。自分が娘でも、母でも。

中央の展示室には最近の連作が100枚近く並べられていて、写真撮影可なので、観客の多くは記念撮影に興じている。赤ちゃんにキスする「ラブアンドピース」なお母さん。自撮り棒にニッコリの中国人カップル。どの絵にも凄まじい題が付いているのだが、誰もそれは見ない。でも、たくさんのスマホやインスタグラムの中に草間彌生の命がけの戦いが拡散していく。それが、死を前にした彼女の願いなのだろう。

展示室の外には、白い室内に観客が虹色の水玉を貼り付けていくアートがあった。私の妄想は暴走して、もうお葬式で献花する気持ちだった。会葬御礼のつもりで「台紙、もらっていいですか」と聞いたら、ダメとのこと。そこで妄想から覚めた。美術館の外は満開の桜である。

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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1 Response to ひとりぼっちで死んでいく:新国立美術館「草間彌生展」を見て

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    会場の新国立美術館には会場10年目にしてはじめて訪れた。というか、六本木が10年ぶり、それも六本木ヒルズのなかだけなので、街路を歩くのは実に約四半世紀ぶりである。建物は黒川紀章の遺作なのだろうか、四角い展示室がならぶ貸しホールをメタボリズムするとこうなると言ってもいいけれど、実際は開かれた温かい感じのする空間で、やはり天才の仕事と言うべきだと思った。サントル=ポンピドーの影響は明らかだけれど、それも日本人がフランスに憧れるような純粋さを持っていた時代の遺産と言うべきだろう。見終わって、ふと『ルコント』のケーキが食べたくなって、通りに出て探したけれど、ない。『ルコント』も、通りに面した2階が開かれていて温かい店だったけれど。人柄も開かれて温かいルコントさんは、伊丹十三監督の映画『タンポポ』のなかで、スパゲティを音を立てて食べるイタリア人という変な役を嬉々として演じていた。溜池山王まで空腹を抱えながら歩いたら、昔サントリーホールでコンサートを聴いた後、夕食をケチって腹を空かせて帰ったことを思い出した。

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