先生、生徒のなれの果て:矢澤修次郎先生に指導していただく

ほんとうに久しぶりに学生に戻ったような気がした。先便で「ニューヨーク社会学者とは誰か?」を書いた後、矢澤修次郎先生にご指導をお願いしたら、わざわざ市谷まで来てくださり、2時間半も貴重なお話をうかがうことができた。

学生に戻ったというのは、お願いした当初は、アメリカ社会学史の近年の研究動向を「情報として」教えていただこうという、やや打算的な気持ちからだったのだ。しかしあらためて言うまでもなく、矢澤先生はたくさんの優れたお弟子さんたちを育ててこられた練達の教師である。どの情報にも「その情報をどう学ぶべきか」というメタ情報が自然に盛り込まれているので、教わる方も自然と、自分のアイデアのヌケモレや、禁じ手に気づき、「学び方を学ぶ」ことになるのである。心地よい「勉強した」疲労感を抱えて帰宅した。

省みれば、教師になって20年以上も経つと、教えることばかりに偏って、学び方を忘れてしまう。でも学びの上にこそ教えることは成り立つのだ。「先生、先生、威張るな先生。先生、生徒のなれの果て」というのは、実に教訓的な戯れ歌である。

本題の他にもたくさん興味深いお話をうかがえたが、なかでも印象深かったのは、矢澤先生のパートナーである澄子先生はじめ、東大社会学研究室に女性の大学院生が育ちはじめた頃の話だ。「女性の」と付ける必要のない、優れた女性の社会学者がたくさん活躍する現在でも、女性学の影響のとくに強い社会学においてさえ、ジェンダー秩序から自由な研究・教育環境の完成にはまだ道半ばだと思う。我が身を省みても、連れ合いと同じ研究者として自由で対等な関係を築いてきたと胸を張ることは、とてもできない。だからこそ、そうした長く、険しい歴史の出発点のお話が心に響いた。誰か、関係者にしっかり聞き書きしておいてくれないものかしら、と思う。

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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