春の叙勲にビックリ!:勲章の社会学(笑)

今朝の朝刊の「春の叙勲者」一覧を見てビックリ。ていうか、そんなもん朝っぱらから誰が見るねん。

見田宗介先生が「瑞宝中綬章」を叙勲されていた。見田先生と勲章、シュールレアリズム的違和感があって面白い。でも、ほんとうに違和なら東大教授なんか70年にさっさとやめていただろうから、やはりそちら側の人なんだなと思った。

休暇でアフリカに行ってゾウの行列を見ても、仲間の役者の順位づけに見えた、若い頃の渥美清ではないが、わが師匠は「瑞宝重光章=旧勲二等」、富永健一先生は「旭日中綬章=旧勲三等」、中野卓、森岡清美両先生は「旧勲四等」で、見田先生のは「旧勲四等」相当などと、私はすぐに考えてしまう。先に『作田啓一VS.見田宗介』の書評で、蓮見、富永、見田を二世つながりと書いたが、これで勲章つながりもできた。

もっとも、かつて「紫綬褒章」を受章された吉田民人先生がしみじみと私に言い訳されたように、勲章は欲しがってもらえるものではなし、嫌がって断れるものでもない。まさに日本的共同体の象徴だ。基本的に機関や組織が推薦するもので、その利害と結びついているのである。実は私は、東大の助手時代に青井和夫先生の「旧勲四等」(三等だったかな?)と、今の職場で前任者の石川淳志先生の「瑞宝中綬章」の推薦書作成を手伝ったことがあるので、それなりに内情を知っている。青井先生の時は、いつか私ももらうからと思って手伝い(笑)、石川先生の時は、決して私はこれで他人に迷惑をかけることはないなと思って手伝った。だから見田先生の場合も、先生がどうというより、周りがどうしたかったのかが想像される。いつか愛弟子の誰かに、誰が熱を上げたのか聞いてみよう。なぜって、これも吉田先生が教えてくださったが、勲章をもらうのは次にもらう人のためだからだ。

ちなみに、わが中筋家の勲章は日露戦争に従軍した曾祖父の「金鵄勲章」と、地方都市の小学校長だった祖父の「旧勲五等」だ。祖父が受勲したとき、最低その上はもらえるかなと思ったが、たぶん無理。「金鵄勲章」は?、子どもたちがもらわない未来であることを切に願う。

最近研究上の必要があって、隅谷三喜男『成田の空と大地』(岩波書店)を読み返していた。学者としても国家へのご奉公という点でも、隅谷先生は「文化勲章」+「大勲位」相当と思って調べてみたが、どうやら叙勲者でも文化功労者でもなかったらしい。私は見田先生にも隅谷先生にも遠く及ばないが、どちらかというと、隅谷先生の学問と覚悟に憧れる。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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5 Responses to 春の叙勲にビックリ!:勲章の社会学(笑)

  1. ito のコメント:

    網野善彦が名古屋大学をやめた理由は、旧帝国大学の教授になるわけにはいかないということらしいという話を聞いたことがあります。ことの真偽は定かでありませんが。

    • 中筋 直哉 のコメント:

      コメントありがとうございます。先日の朝日新聞に、今売れっ子の呉座勇一さんが網野の史観について書かれていましたが、おっしゃる通り、私には彼のライフヒストリーの方がより興味深いです。私は社会調査法の授業で、フィールドとの長期的関係の例として『古文書返却の旅』(中公新書)を取り上げています。

      • ito のコメント:

        ご返事ありがとうございます。社会調査法で福武直の農村調査について報告した際、次のような話を聴いた記憶があります。曰く「福武先生の受け売りだが、聞き取りを行うときにたばこを吸った方が場の緊張感がとけ、より詳細な話を聞き出すことができる。これも立派な調査論だ」と。もっとも古文書調査論で最初に注意されることは「筆記用具は鉛筆またはシャープペンシル。文書の前では飲食厳禁。たばこは論外」なのですが。

        • 中筋 直哉 のコメント:

          貴重なお話、ありがとうございます。私は一応福武直の孫弟子に当たるのですが、そのお話は初耳でした。子弟子にあたる私の2人の師匠はどちらもタバコを吸わないので、その話は出なかったのかもしれません。タバコが緊張をほぐすというのは、まさに柳田国男の『明治大正史世相篇』ですね。古文書の方は、一度だけ吉田伸之先生の作業に参加したことがあるのですが、たしかに鉛筆だったように覚えています。

  2. 中筋 直哉 のコメント:

    憧れると書いたが、隅谷先生の先には、文化勲章をもらった(もらって当然だと思うが)大塚久雄がい、大塚の先には矢内原忠雄が、矢内原の先には新渡戸稲造が、新渡戸の先には内村鑑三がいて、この内村のことばで「2つのJ(ジャパンとイエス)を愛す」いう方向性自体は、同意できない。逆に隅谷先生の後ろはどうなったのだろう。文化勲章をもらった(これももらって当然だと思うが)宇沢弘文や中西洋先生だと、もうその方向性は読み取れないし、岩井克人や松井彰彦にいたっては・・・。東大経済学部の倫理的伝統は、前便で触れた高野岩三郎にはじまる系譜とともに完全に過去のものになったのだろう。

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