ゲマインシャフトとゲゼルシャフト:翻訳が照らし出す比較社会学

職場の同僚で日本一の翻訳家、金原瑞人先生に「題名の翻訳って難しいですよね」とたずねたら、「僕は難しく考えない。直訳で出して編集者の意見を聞く」とおっしゃっていた。ただ金原先生のはそうではないが、社会学の翻訳書の中にはこの訳はどうか?というものが結構ある。一番の例がデュルケムの『自殺論』だ。やはり『自殺:社会学の研究』であるべきだろう。自殺「論」だと、この本の核心である実証性、科学性が伝わらない。

授業の下準備でD.チェンバース『友情化する社会―断片化のなかの新たな〈つながり〉』(岩波書店)を読んだ。「友情化」とは変わった表現だなと思ったら、原題を直訳すれば『新しい社会的紐帯―断片化された社会における諸関係の現代性」で、ちょっとズレている気がする。中身を読んだ後もその感じを払拭できなかった。前に畏友(大学の教養課程でのフランス語クラスの親友)澤康臣氏の新刊『グローバル・ジャーナリズム』(岩波新書)を読んだときも、題と中身がちがうと思った。ちなみに中身は澤氏らしい人間味にあふれた好著である。これらもまた、金原先生のいう、編集者というか岩波の営業的意見なのだろうか?

さて、今日の本題はこの本の題ではなくて、中身でもなくて、参考文献目録である。この著者は目端の利く秀才らしく、古典から最近の話題作までまんべんなく文献を挙げている(正直、目端が利き過ぎの観あり)。そのなかでF.テンニエスの古典『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』の英訳が2種類挙げてあるのに驚いた、63年のアメリカ版と74年のイギリス版である。岩波文庫の杉之原寿一訳は57年なので、一等早いことも興味深いが(逆に意外と英米圏への浸透は遅かったのかと思う、もちろん英米圏のこの手の議論の代表、R.マッキーヴァーはずっと前に原語で読んだだろうが・・・)、問題は翻訳された題である。どちらもゲマインシャフトはコミュニティだが、ゲゼルシャフトがアメリカ版ではソサエティなのがイギリス版ではアソシエーションなのである。よく日本の学者はこうした輸入概念を上手に使いこなせていないと言われるが、それは欧米でも同じでしょう。逆にいえば、テンニエスのこの問題提起は、どの国の社会学者にとっても汲めども尽きぬアイデアのの源泉だということである。日本で杉之原先生以来『共同体と結社』などと下手に訳さずに原語のまま受け入れ、流通してきたことも、それなりに意味のあることだったと思われる。

一応折原門下の私としては、折原先生が『理解社会学のカテゴリー』を論じられる議論を思い出す。ウェーバーのゲマインシャフトも『カテゴリー』と『根本概念』ではちがっていて、この題のズレと類似の理論的問題を含んでいる。つまり進化論的包摂概念か、類型論的対概念かということである。

ついでに言っておくと、日本で「ゲマインシャフトとゲゼルシャフト」問題にいち早く理論的に取り組んだのは服部之総である。今なら修士論文に当たるであろう、『社会学雑誌』に掲載された彼の第一作は、この2類型が発展類型であるにもかかわらず、発展の原動力を特定できていないことを批判し、唯物史観の適用を「ほのめかす」というものである。読んでみると最初からマルクス主義の結論ありきなのではなくて、櫛田民蔵のもとで私的にマルクス主義を学びながら、公的には戸田貞三から社会学を学び(学んだフリをして)、ウィーン留学後、実家の寺と縁のある龍谷大学初の社会学教授になることが予定されていたことから、社会学へのそれなりの傾倒と、それ故の訣別を感じさせる、深い論文である。

私自身は、市野川容孝先生や、先生にカラんでいる北田曉大氏とちがって、「ソサエティ=社会」より、「アソシエーション」の方が私たち日本人にとって縁遠い概念なので(なぜなら市野川先生や多くの日本人社会学者がそうであるように、社会はコミュニティで置き換えられるから)、そちらを深く掘り下げてみたいと思っている。「アソシエーションの社会学」といえば、早稲田の佐藤慶幸先生だ。私は例の学会官僚時代にたいへんお世話になり、専門のちがうペーペーの私に何度も抜き刷りをくださったのだが(これはなかなかできないことだ)、そのときは先生のご研究の重要性に思い至らなかった。先生は退職後郷里中津川に戻られ(川合隆男先生もそうだった)、悠々自適のご生活と伝え聞いている。柔らかい低音の先生のお声を思い出しながら、『アソシエーションの社会学』を読み直してみたい。

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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