コロニアルな無意識と向きあう:笈田ヨシ演出『蝶々夫人』を観る

録画しておいたNHKBSのプレミアムシアター、笈田ヨシ演出のオペラ『蝶々夫人』を観た。番組の冒頭に笈田自身が登場し、1933年生まれの彼の米軍占領体験を反芻し、観客と共有したいという意図を語っていた。近頃ウェブ上ではGIさんが笈田やわが父母の世代の子どもたちにチョコやチューインガムを撒いたことなどなかったことになっているようだが、記録映像が重ねられていたので、それも捏造だと言われればそれまでだが、それが捏造ではない証拠には、本編が始まると、その子の世代の私でもハッと思い当たるような演出が何度か見られたのである。それは、笈田のことばを使えば「豊かな国と貧しい国」の出合いであり、豊かな国に犯された貧しい国のトラウマは、かえって豊かになったからこそ消えないということなのだ。

終幕で蝶々さんは自刃するための刀を見つめたところで暗転し、音楽が終わる。再び照らされた蝶々さんは硬い表情のまま退場する。蝶々さんは死んだのだろうか。それとも「したたかに」生き延びたのだろうか。生き延びたとしても、そのしたたかさとは何なのだろうか。

UCバークレーのR.ローウィ講座の人類学教授A.オングの『フレクシブル・シチズンシップ』という本で、マレーシア・ペナン島の華僑の子である彼「女」がコロンビア大学の人類学科(ローウィとR.ベネディクトの母校!)に留学していたとき、メトロポリタンで『蝶々夫人』と『トゥーランドット』をアメリカ人の友人たちと一緒に観た時の複雑な感情を書き留めていたが、笈田の演出は、オングの回顧と響き合うところがあった。それはひと言でいえば「コロニアルな無意識と向きあう」ということになるのだろうが、もうちょっと考えないと、今の私にはうまく表現することができない。

笈田ヨシは、私は先日観たM.スコセッシ監督の『沈黙』ではじめて知った。海外で長く活躍してきたということだが、私には今回の演出も含め、日本の「新劇」のかたちが息づいているように思った。そのこともまた1つのコロニアルな問題かもしれない。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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