この社会はこうして潰れた:藤森徹『あの会社はこうして潰れた』(日経プレミア)を読む

「老舗」帝国データバンク調査部のベテラン企業調査マンによる倒産経緯のファイル。新書サイズに個々の事例を詳しく書き込むのは難しいし、その事例もすごく多様で、語り口もドキドキ・ハラハラというわけではないが(事実の調査のファイルなので当然だ)、組織がダメになっていくプロセスを見、考えること自体が面白い。

省みれば、わが業界には「社会がダメになっていくプロセス」への想像力に欠けるところがあるのではないか。その意味で、社会学というのは(悪い意味で)「ポジティブ・シンキング」なのではないか、と思う。まあ、創業者のコントからして「ポジティブ」ですからね。

日本で一番売れた社会学の本と言われるフロムの『自由からの逃走』は、数少ないネガティヴな本だと思うが、フロム自身が健康な人なので、それ以上深化しなかった。世界で一番売れた社会学の本と言われるホワイトの『ストリート・コーナー・ソサエティ』も、読み方次第では、チックやサム・フランコは出世したのにドックだけがなぜ挫折したのかという風にも読めるのに、ホワイト自身が健康な人なので、誰もそうは読めない。元凶はやはりデュルケムだろう。『自殺論』で、すべての欧州社会で自殺者が不可逆的に増えていくこと、爆発的な悪化であるアノミーが周期的に発生することを指摘しているのに、なぜか中間集団の構想、提言でOKというポジティヴな結論だ。「社会構想の社会学」、これがダメの元凶なのだ。

ダメな社会をダメと言えないことだけがダメなのではない。ダメな社会に荷担している自分をなかったことにする方がよほどダメだ。デュルケムで言えば、決して自分を自殺する側に置かない。自殺させる側にも置かない。それはお前だけだと言われるかもしれないが、私はこれは社会学の宿痾であると思う。

と、ここまで書いてきて、いや、そうではない社会学者が1人いた、と思い当たった。それはP.ブルデューだ(東大に来たとき、一度だけ近くで見たことがある)。ちょっともうどうしようもなくなっているのではないかと思われるフランスを、今生きていたら彼がどう言うか、聞いてみたい。少なくともどこやらの国の政治学者のように「ヴィヴ・マクロン!」とはとは言わないだろう。

 

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 私の「新しい学問」, 読書ノート パーマリンク

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