最初に読む社会学の本2:日本のものでは『現代日本人の意識構造』

社会学もまた他の社会諸科学と同じく輸入学問なので、基本文献が翻訳書になることは致し方ない。ただその後の展開を見ても、『自殺論』や『プロ倫』や『自由からの逃走』に匹敵するような理論の独創性、方法の工夫、人間探究の味わい、読者層の大衆性、をすべて兼ね備えた国内研究はそうは思い当たらない。社会学の世界遺産にエントリーできる本は、たぶん柳田国男『明治大正史世相篇』、戸田貞三『家族構成』、安田三郎『社会移動の研究』など、ごくわずかではないか。

しかし、私が心から推薦するのはただ1冊、NHK放送文化研究所編『現代日本人の意識構造』(最新は第8版、2015年)である。40年間高水準のサンプリングと面接調査を続けてきたこと自体がもう涙が出るほど有難いのだが、それ以上にそれぞれの質問と選択肢が実によく考えられていて、ほとんど文句のつけようがない。なかでも最高峰は第6問、社会学者なら知らぬ者はいない、あの見田宗介の「生活目標」の質問である。人びとの生活を牽引する社会意識の中心的部分(見田のいう「価値意識」)を現在志向と未来志向、個人本位と社会本位の2軸4次元「快、利、愛、正」に類型化し、そこから選択肢文を演繹する。この4次元は羅針盤のようにそれぞれの現代を踏まえつつ、未来を指し示す。見田宗介といえば、私らの世代だと『気流の鳴る音』(ちくま文庫)だろうし、より若い世代だと『現代社会の理論』(岩波新書)だろうが、私は絶対「生活目標」である。いつかこれを超える質問文を作って調査してみたい。

ただ、1つだけいただけない質問がある。それは第8問「理想の家庭」の質問だ。4つの仮想的な(他人の)家庭のリストから1つを評価的に選ばせるもので、選択肢1(東さん)が「父親威厳、母親尽くす」で近代初期の夫唱婦随のイメージ、2(西さん)が「父親も母親も自分の仕事や趣味に夢中」で現代の平行な距離感のある夫婦のイメージで、この両極の間に、3(南さん)「父親仕事、母親家庭」の性別役割分業夫婦イメージと、4(北さん)「父親も母親も家庭重視」の家庭内協力夫婦イメージを配している。40年の結果は、4割近かった3が1割近くに減り、4が2割から5割に、2が1割強から2割強へというもので、それ自体は納得のいくものである。

私が納得できないのは北さんの選択肢文で、「父親はなにかと家庭のことにも気をつかい、母親も暖かい家庭づくりに専念している」というのは、どう読んでも協力ではなくて分業ではないか。一方の2は「父親も母親も、自分の仕事や趣味を持っていて、それぞれ熱心に打ち込んでいる」なので協力の意味を全く含んでいない。とすると、40年の変化は差別的分業から平等的協力へ、ではなくて、金をめぐる差別的分業から心をめぐる差別的分業へ、それができないときはバラバラということなのではないか。最近見田先生はこの質問を読み解いて、「近代の矛盾の解凍」などと言われているが、私に言わせれば勘違いも甚だしい。安い電子レンジで解凍したら腐ってしまったということなのではないか。

気になるのは、73年の第1回調査のときに、なぜこの4つの選択肢文にしたのか、ということである。女性学の草分けのひとりで、この調査の設計者の1人である井上輝子先生は、どう考えておられたのだろうか。またその後、上野千鶴子や江原由美子といったフェミニズムのお歴々が、どうしてこの質問文の修正を要求しなかったのかということである。

このことは、学部の演習で学生たちとこの本を読んでいるときに気がついた。学生たちも私の疑問を理解してくれたと思う。大事なことなので、もう少し事情を探究してみたい。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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