社会学のここが嫌い

M.ウェーバーの「価値自由」というお題目があるのに、社会学は価値自由じゃないと思う。とくに○○社会学と書かれる領域社会学(旧くは連字符社会学といった)は、どれも○○に甘すぎる。家族社会学は核家族に甘く、地域社会学はコミュニティに甘く、労働社会学は労働組合に甘く、福祉社会学は高齢者に甘く、教育社会学は学校に甘い。喪われゆく価値を守りたいのは別にいいけれど、分析の望遠鏡や顕微鏡を曇らせ、歪ませるのはいただけない。家族社会学は家族のない社会を基盤に考えるべきだし、地域社会学はコミュニティのない社会を基盤に考えるべきだし、などなど。近頃ますますその傾向が強くなっているように感じられるのは、私が因業爺になってきたせいか。

ちなみに、私の専門である都市社会学はちょっとちがっていて、都市そのものに甘くない。逆に町内会や住民運動など「都市に抗する社会」の方に甘い。昔「分野別研究動向(都市)」(『社会学評論』56(1),2005)というレビュー論文を、そうした趣旨で書いたら、故奥田道大先生に叱られた。ということは、当たっているのだろう。