見聞録」カテゴリーアーカイブ

良き師よき友:松田素二先生の退官記念出版の合評会に連なって

社会人大学院のZoom面談の合間に、社会動態研究所が開催した松田素二先生の退官記念出版『日常的実践の社会人間学』(2021,山代印刷出版部)の合評会を覗かせていただいた。松田先生とは残念ながらご縁がなく、今回はじめてお話 … 続きを読む

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賭け金としての家事:AI万能家事ロボット批判を反省する

先日新聞記事についカッとなってFBに下記のような罵詈雑言を記した。ちょっと経ってもう少し考えた方がよかったかも、と思うようになった。というのは、 女性だろうが男性だろうが、家事にまったく魅力を感じない、したくない自由があ … 続きを読む

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ハゲオヤジ万歳!:ソ連の陽気なハゲオヤジたち

憂愁のイケメンと3人の陽気なハゲオヤジ。クラシックファンなら知らぬ者のない名盤、ベートーヴェンの三重協奏曲のジャケット。イケメンは言うまでもなく帝王カラヤン。ハゲオヤジたちはソ連の貴重な輸出品、オイストラフ、リヒテル、ロ … 続きを読む

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カラヤンの悲愴:性に目覚める頃の思い出

NHKETVの「クラシック音楽館」で70年代のカラヤンとベルリンフィルのチャイコフスキー『悲愴』のビデオのリマスターを放映している。聴いていると昔のことが思い出されてくる。 小学校4年生の時、亡父の友人のレコードマニアの … 続きを読む

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「歴史に抗する社会としての都市」批判:休日のドライブ風景から

連休中少しはどこかへ行きたいが、どこへ行くのもはばかられる。家族は海が見たいというので、うちからいちばん近い海に行くことにした。要は近所の川沿いに河口まで下るのである。県道59号線。 少し下ると中世の鎌倉往還と交差する。 … 続きを読む

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小津安二郎の迷宮:『彼岸花』再見

同僚には「妾宅」と言われるがそんな甲斐性はなく、東京の下宿に泊まる夜はただ片付かない雑用を眠たくなるまで片付けるだけである。それにも倦むとDVDやPrime videoで昔の映画を見ることがたまにある。先日久しぶりの上京 … 続きを読む

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小さなものの諸形態:近所のスーパーのシュークリームに寄せて

どうしても気になってしまう小さな事柄を記してみたい。「小さなものの諸形態」とは市村弘正先生の名著の題で、パクりです。 連れ合いが近所のスーパーでマロンシュークリームを買ってきた。食べてみるとなかのマロンクリームに違和感あ … 続きを読む

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無ではなくなりません、死でなくなります:茶杓「泪」を見る

「泪(なみだ)」を見た。利休居士が最後の茶会に削った茶杓。弟子であり当日の客でもあった古田織部に与えたという「聖遺物」。織部は「鞘」を作って拝んでいたという。 https://bunka.nii.ac.jp/herita … 続きを読む

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武豊火力発電所がなくなった:仕事の合間のちょっとした息抜き

仕事の合間のちょっとした息抜き、私はグーグルアースである。北海道の深い森の中に残る廃線跡をたどったり、国道1号線から旧東海道がどれくらいつかず離れずなのか調べたり、つい仕事の再開を忘れてしまう。今日も。 はじめは日本製鉄 … 続きを読む

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少子高齢社会管見:休日の散歩の間に

名古屋に越してきた18年前、家族でよく通った公園を久しぶりに訪れてみた。この辺りがすべて竹やぶと雑木林だった頃(子どもたちを乗せた明治村の機関士さんは、住所を聞いて「そんなとこはタヌキしか住んどらんかった」と笑った)の一 … 続きを読む

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