私の心情と論理」カテゴリーアーカイブ

小津安二郎の迷宮:『彼岸花』再見

同僚には「妾宅」と言われるがそんな甲斐性はなく、東京の下宿に泊まる夜はただ片付かない雑用を眠たくなるまで片付けるだけである。それにも倦むとDVDやPrime videoで昔の映画を見ることがたまにある。先日久しぶりの上京 … 続きを読む

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ストラビンスキー頌

ストラビンスキー没後50年だそうである。亡父が持っていた『リーダーズ・ダイジェスト世界名曲集』というレコードセットのトリがストラビンスキーで、解説に大きくピカソの描いた肖像画が掲げてあった。その素晴らしいこと!釣られて音 … 続きを読む

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ああかの幸福は遠きにすぎさり:55歳の誕生日を迎えて

表題の章句は、萩原朔太郎の詩「広瀬川」の一節である。連作『郷土望景詩』の1つで、高校の国語の授業でこの詩人を教わってから、よく知られた口語体の『月に吠える』や『青猫』よりも、これ以降の文語体の詩編を愛唱してきた。この詩作 … 続きを読む

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彼岸に向かわれる先生へのムマの鼻向け:高校時代の恩師の訃報

久しぶりの長い上京仕事を終えて帰宅すると1枚の葉書が、高校時代の国語の先生の訃報だった。ずっと年賀状のやりとりがあったのでご遺族が知らせてくださったのだ。合掌。 私の母校灘中高では(今はどうか知らないが)中高の6年間主要 … 続きを読む

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年度替わりに変われない男のぼやき

校外で引き受けている野暮用のまとめ役が近頃アタリが変わったな、と思っていたら年度末で異動だった。徹夜でまとめの仕事をして、居残り組への置き土産にして去って行く。きっと心は晴れ晴れとしているに違いない。 役所や企業は定期的 … 続きを読む

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私はなぜ洋菓子を焼くのか:コロナ自粛の終わりに向けて

4月からは対面授業が必須となったので、リモートワークの合間(しながら)にせっせと洋菓子を焼く生活ともお別れだ。 私はなぜ洋菓子を焼くのだろう。家族は絶望した仕事の代償だと思っているようだ。確かに色々な意味で美人投票になっ … 続きを読む

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私の「二次的定住」

友人が1960年代の大阪の「スラム」を記録した映画をFBにアップしているのを見て、ふと思い出されたことがある。 私の生まれ育った町は神戸の造船所や紡績工場の間を埋める「細民街」だが、祖母は商店街のなかに一応店を張り、戸建 … 続きを読む

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生ききった者にのみ安らかな死がある2:整体指導者の死を悼む

私たち家族が長年お世話になった国立の整体指導者が亡くなられた。享年88。この状況下では見舞いはおろか葬儀にも参列できなかった。ただ遠くから悼む他はない。 25年前、新婚の私たちは西国立に貸家を借りて住み始めた。それまで日 … 続きを読む

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わがディスタンクシオン:小倉百人一首に寄せて

母の実家は祖母が1男4女の末娘、母が3人姉妹の真ん中なので女の気に満ちていて、年賀のあいさつの後は必ず百人一首カルタになった。もちろん小さい頃は坊主めくりで、カルタは少し大きくなってからだが。高校の国語教師の叔母が解説書 … 続きを読む

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亡父の死の風景:新年早々すみません

ツイッターでつながっている永太郎(ながたろう)さんという地理学の方が元日の夕暮れの美しい写真をアップしていて、ふと見るとそれはまごうことなき亡き父の死の風景だった。被写体は三菱重工神戸工場本館だが、その向かいの建物は三菱 … 続きを読む

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