私の心情と論理」カテゴリーアーカイブ

大学改革の当事者?:授業での応答から

先日日本の大学改革に関する大学院生の研究発表にコメントしたとき、つい自分のことを「当事者」と呼んでしまった。 当事者とは私たちの業界で近年よく用いられる言葉の1つで、私の師匠の表現を借りれば「受苦」の意味を帯びるときにも … 続きを読む

カテゴリー: 未分類, 私の仕事, 私の心情と論理 | コメントする

賭け金としての家事:AI万能家事ロボット批判を反省する

先日新聞記事についカッとなってFBに下記のような罵詈雑言を記した。ちょっと経ってもう少し考えた方がよかったかも、と思うようになった。というのは、 女性だろうが男性だろうが、家事にまったく魅力を感じない、したくない自由があ … 続きを読む

カテゴリー: 私の心情と論理, 見聞録 | コメントする

ハゲオヤジ万歳!:ソ連の陽気なハゲオヤジたち

憂愁のイケメンと3人の陽気なハゲオヤジ。クラシックファンなら知らぬ者のない名盤、ベートーヴェンの三重協奏曲のジャケット。イケメンは言うまでもなく帝王カラヤン。ハゲオヤジたちはソ連の貴重な輸出品、オイストラフ、リヒテル、ロ … 続きを読む

カテゴリー: 私の心情と論理, 見聞録 | 2件のコメント

カラヤンの悲愴:性に目覚める頃の思い出

NHKETVの「クラシック音楽館」で70年代のカラヤンとベルリンフィルのチャイコフスキー『悲愴』のビデオのリマスターを放映している。聴いていると昔のことが思い出されてくる。 小学校4年生の時、亡父の友人のレコードマニアの … 続きを読む

カテゴリー: 私の心情と論理, 見聞録 | コメントする

小津安二郎の迷宮:『彼岸花』再見

同僚には「妾宅」と言われるがそんな甲斐性はなく、東京の下宿に泊まる夜はただ片付かない雑用を眠たくなるまで片付けるだけである。それにも倦むとDVDやPrime videoで昔の映画を見ることがたまにある。先日久しぶりの上京 … 続きを読む

カテゴリー: 私の心情と論理, 見聞録 | 2件のコメント

ストラビンスキー頌

ストラビンスキー没後50年だそうである。亡父が持っていた『リーダーズ・ダイジェスト世界名曲集』というレコードセットのトリがストラビンスキーで、解説に大きくピカソの描いた肖像画が掲げてあった。その素晴らしいこと!釣られて音 … 続きを読む

カテゴリー: 私の心情と論理 | コメントする

ああかの幸福は遠きにすぎさり:55歳の誕生日を迎えて

表題の章句は、萩原朔太郎の詩「広瀬川」の一節である。連作『郷土望景詩』の1つで、高校の国語の授業でこの詩人を教わってから、よく知られた口語体の『月に吠える』や『青猫』よりも、これ以降の文語体の詩編を愛唱してきた。この詩作 … 続きを読む

カテゴリー: 私の心情と論理 | コメントする

彼岸に向かわれる先生へのムマの鼻向け:高校時代の恩師の訃報

久しぶりの長い上京仕事を終えて帰宅すると1枚の葉書が、高校時代の国語の先生の訃報だった。ずっと年賀状のやりとりがあったのでご遺族が知らせてくださったのだ。合掌。 私の母校灘中高では(今はどうか知らないが)中高の6年間主要 … 続きを読む

カテゴリー: 私の心情と論理 | コメントする

年度替わりに変われない男のぼやき

校外で引き受けている野暮用のまとめ役が近頃アタリが変わったな、と思っていたら年度末で異動だった。徹夜でまとめの仕事をして、居残り組への置き土産にして去って行く。きっと心は晴れ晴れとしているに違いない。 役所や企業は定期的 … 続きを読む

カテゴリー: 私の心情と論理 | コメントする

私はなぜ洋菓子を焼くのか:コロナ自粛の終わりに向けて

4月からは対面授業が必須となったので、リモートワークの合間(しながら)にせっせと洋菓子を焼く生活ともお別れだ。 私はなぜ洋菓子を焼くのだろう。家族は絶望した仕事の代償だと思っているようだ。確かに色々な意味で美人投票になっ … 続きを読む

カテゴリー: 私の心情と論理, 食いしんぼう | コメントする