読書ノート」カテゴリーアーカイブ

無功徳:『臨済録』のお気に入り

一遍や日蓮、最澄や空海と自分の家の宗門でないことばかり書いている。うちは父方が曹洞宗、母方が臨済宗妙心寺派である。禅、うーんあんまり興味ないな。 先日学生時代以来37年ぶりに鎌倉円覚寺を訪れたら(主たる目的地ではなかった … 続きを読む

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我が爲に佛を作る勿れ:最澄『顕戒論』に沈潜する

珍しく飽きが遅くて(秋は早いのに)、あいかわらず最澄と空海を読んでいる。今日は最澄の『顕戒論』、これがむやみに面白くて授業に行くのを忘れるほど。南都諸宗からの論難への反駁書で、博覧強記はもちろん論理の明快さは現代の分析哲 … 続きを読む

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最澄と空海:囲碁ならどっち

与太話に過ぎないが、最澄と空海、囲碁ならどっちが強いだろう。といっても私は囲碁はほとんど分からない。 なぜそんなことを言うかというと、平安京を碁盤に見立てれば、北辺の神護寺と南辺の東寺に加え(ここまで空海生前)、東辺の醍 … 続きを読む

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高野山病もこのへんで:高丘親王航海記を読む

フランス語の稽古を再開するので、教科書とドリルを御茶ノ水の丸善まで買いに出た。店員が探している間にふと書架を見ると写真の1冊が目に入った。釣られるように買い求めて読んでみた。 澁澤龍彦は高校生の一時期罹った流行病で、毎晩 … 続きを読む

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精進料理LOVE:作ってみました

高山病ならぬ高野山病が長びいていて、だらだらと空海を読んでいる。だんだん感じをつかめてきた気がする。本を読むだけでもお腹は減るので夕飯の用意。多摩の下宿では1人だから精進料理を作ってみることにする。といっても私の精進料理 … 続きを読む

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コーヤサンでコーヤドーフ3:山中で『ゴドーを待ちながら』を読む

高野山に登ったのは、早春に日蓮聖人の「誕生」寺を訪れて以来気まぐれに続けてきた聖地巡礼をひと区切りさせたかったからで、とりわけ比叡山との対照を聖地の中を歩いて考えたかった。その結果は稿を改めたい。 それとは別に、せっかく … 続きを読む

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一句も解けずフランス語:保苅瑞穂先生の遺著

アテネフランセの初級フランス語を5時間×3日間でやるという夏期講座の1日目が終わって、けっこうな分量の宿題を放置して、半ば放心しつつ手に入ったばかりの本を読み始める。 予想してはいたが、若い頃できなかったものが年を取って … 続きを読む

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山雲濤声:東山魁夷に迷い込む

先日近美でドイツの御用画家、ゲルハルト・リヒター展を見て以来、ずっと東山魁夷のことを考えている。もとよりファンではない。雨上がりの山を見て「東山魁夷」とつぶやくくらいの低俗さだ。ただ唐招提寺御影堂の障壁画「山雲濤声」だけ … 続きを読む

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人は死んだらどこへ行けばいいのか:葬送の思想史の問題

1988年、大学3年の春、私は母方の祖母の故郷巡りの旅に荷物持ちとして同行した。祖母は石川県金沢近郊の野々市の大地主の末娘で、若い頃に実家が破産したために上京して裁縫教師となったが、ほどなく異郷の兵庫県姫路市出身(生まれ … 続きを読む

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最初の社会調査者:花崎皋平『静かな大地』を読む(続)

マンネリ教師は、今年も社会調査法の授業で戸田貞三の『家族構成』(1937)がどれほど画期的だったか、それに末弘厳太郎が『北支慣行調査』(1941)でどれほど厳しい批判を与えたかを飽きもせず語っている。語りながら、昨晩ウト … 続きを読む

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