読書ノート」カテゴリーアーカイブ

1925年冬の湯ヶ島:私の「研究余滴」

旧年中に『天上の花』という日本映画の新作を見た。原作は萩原葉子で、三好達治と彼女の叔母(つまり萩原朔太郎の妹)との結婚の破綻を描いたものだ。ひとことで言うとDVの話である。私は日本近代詩を知った頃からずっと三好を好まず、 … 続きを読む

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新年のごあいさつ:と言いつつ話題は旧年を引っぱる

あけましておめでとうございます。 旧年中に見た豊田四郎監督『雪国』、一番ケッサクだったのは、原作にもあるシーン。駒子と島村が一緒に内湯に入ろうと男湯の脱衣所にいると別の男客が入ってくる。「あっ、失礼しました」と男客。これ … 続きを読む

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異安心と妙好人:故吉田民人先生に出合う。

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784886026460 勉強の合間や講義の途中でふと思い出し、会って話したくなる人がいる。でもその人はもうこの世にいない。その一人が吉田民人先生である。 … 続きを読む

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百人一首の十三人:西行不讃

「小倉百人一首」、カルタができるようになるまで、子どもはたいてい「坊主めくり」をやる。裏向けた絵札を1枚ずつめくって、坊主が出たら手札を場に、姫が出たら場札を自札に、札を一番多く集めた人が勝ち。ローカルルールは、たとえば … 続きを読む

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やりたい研究は「ない」:隠遁ではない生を生きる

若い同僚から「中筋さんのご研究の問題関心は何ですか」というようなことを聞かれた。嫌味のない素直な問いだったので今している仕事を答えたのだが、本当は、すぐに頭に浮かんだのは「ない」だった。 同僚の問いには「今の」以上に「根 … 続きを読む

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よい先生と出合う幸せ:折原浩先生の新刊をいただく

http://www.miraisha.co.jp/np/isbn/9784624400699 よい先生に、それも学びはじめの時に出合えることは人生の最高の幸せの1つだろう。 小学5年生のとき、進学塾に通うためにピアノを … 続きを読む

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無功徳その2:学生時代の思い出

学生時代の思い出。木曜1限の「仏教概説」はノートを見せれば単位をもらえるという、ユルい文学部のなかでもとくに楽単だといううわさ。でもそのためでなく「仏教を概説する」という題目に惹かれて履修した。一緒に履修した友人は西本願 … 続きを読む

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無功徳:『臨済録』のお気に入り

一遍や日蓮、最澄や空海と自分の家の宗門でないことばかり書いている。うちは父方が曹洞宗、母方が臨済宗妙心寺派である。禅、うーんあんまり興味ないな。 先日学生時代以来37年ぶりに鎌倉円覚寺を訪れたら(主たる目的地ではなかった … 続きを読む

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我が爲に佛を作る勿れ:最澄『顕戒論』に沈潜する

珍しく飽きが遅くて(秋は早いのに)、あいかわらず最澄と空海を読んでいる。今日は最澄の『顕戒論』、これがむやみに面白くて授業に行くのを忘れるほど。南都諸宗からの論難への反駁書で、博覧強記はもちろん論理の明快さは現代の分析哲 … 続きを読む

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最澄と空海:囲碁ならどっち

与太話に過ぎないが、最澄と空海、囲碁ならどっちが強いだろう。といっても私は囲碁はほとんど分からない。 なぜそんなことを言うかというと、平安京を碁盤に見立てれば、北辺の神護寺と南辺の東寺に加え(ここまで空海生前)、東辺の醍 … 続きを読む

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