月別アーカイブ: 2021年4月

専門家としての見識を疑うよ:テキトーの上塗り

ある仕事が終わってやれやれと思っていると、その仕事の量についてのアンケート依頼がメールで届いた。これまでになかったことだ。スルーしない方がよさそうなので質問のリンクを開けてみる。「あなたは1つ1つの仕事に何時間かけました … 続きを読む

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小津安二郎の迷宮:『彼岸花』再見

同僚には「妾宅」と言われるがそんな甲斐性はなく、東京の下宿に泊まる夜はただ片付かない雑用を眠たくなるまで片付けるだけである。それにも倦むとDVDやPrime videoで昔の映画を見ることがたまにある。先日久しぶりの上京 … 続きを読む

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何とも言えない変な思い出:木下順二をめぐって

24日朝日書評欄に、保阪正康による山本武利『検閲官』(新潮新書)の書評が載っていて、『夕鶴』の木下順二がGHQ検閲官として働いていたという山本の推測に触れている。私は『近代日本の新聞読者層』(法政大学出版局)以来山本を尊 … 続きを読む

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ストラビンスキー頌

ストラビンスキー没後50年だそうである。亡父が持っていた『リーダーズ・ダイジェスト世界名曲集』というレコードセットのトリがストラビンスキーで、解説に大きくピカソの描いた肖像画が掲げてあった。その素晴らしいこと!釣られて音 … 続きを読む

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ああかの幸福は遠きにすぎさり:55歳の誕生日を迎えて

表題の章句は、萩原朔太郎の詩「広瀬川」の一節である。連作『郷土望景詩』の1つで、高校の国語の授業でこの詩人を教わってから、よく知られた口語体の『月に吠える』や『青猫』よりも、これ以降の文語体の詩編を愛唱してきた。この詩作 … 続きを読む

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天行健:近衞文麿という人への興味

「天行健、君子以自彊不息」、『易経』の卦の1つだそうである。 野口昭子『回想の野口晴哉 朴葉の下駄』(2006,ちくま文庫)に、夫晴哉に言われて父近衞文麿に「天行健」と書いてもらう話が出てくる。1945年7月敗戦のひと月 … 続きを読む

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彼岸に向かわれる先生へのムマの鼻向け:高校時代の恩師の訃報

久しぶりの長い上京仕事を終えて帰宅すると1枚の葉書が、高校時代の国語の先生の訃報だった。ずっと年賀状のやりとりがあったのでご遺族が知らせてくださったのだ。合掌。 私の母校灘中高では(今はどうか知らないが)中高の6年間主要 … 続きを読む

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様々なる意匠:書架の片隅から昔の本を

新学期が始まって1年間放ったらかしだった研究室の書架を眺めてみる。前から再読したく思っていた本が目にとまる。『小林秀雄初期文芸論集』(1980,岩波文庫)、もちろん中学生が買うわけもなく、大学院生時代に買った1993年の … 続きを読む

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