月別アーカイブ: 2022年11月

ベートーベンにたどり着く:ブラウティハムのフォルテピアノを聞く

https://www.toppanhall.com/concert/detail/202211291900.html コンディションが万全ではないかもしれないと思われた。後半のシューベルトはまだ「おさらい」していない段 … 続きを読む

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もう1つのあの世:熊野から吉野へ2

吉野と言えば桜。シーズンを見たことがない私が吉野を論じる資格はない。ただ、この時期に行ってよかったと思う。下中上奥の千本はどこも枯れ果て、それも人工的に桜だけ植林してしまったために、山全体が白骨を積み上げたように見える。 … 続きを読む

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ふるさと寒く衣打つなり:熊野から吉野へ1

修験道では熊野から吉野へ巡ることを順峯(じゅんぷ)、吉野から熊野へ巡ることを逆峯(ぎゃくふ)というそうだ。ま、天台(聖護院)と真言(醍醐寺)の政争の結果だからどうでもいい話だが。とすると、私も天台派といえるかもしれない。 … 続きを読む

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男にとっての女ではなく:唐十郎『ベンガルの虎』を観る

いい意味での成りゆきの結果、流山児★事務所の舞台を続けて観ることになった。宮本研作『夢・桃中軒牛右衛門の』『美しきものの伝説』に次いで、昨夜は唐十郎作『ベンガルの虎』を観た。開演前の舞台に白熱灯の点いた電信柱が一本立って … 続きを読む

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仏教と仏教でないもの3:超人と庶民をむすぶことば

今回の旅でうかつにも予想(予習)していなかったことがある。熊野本宮大社の門前でたまたま目に留まって思い出した。時宗の宗祖一遍智真はここ熊野で自らの信仰のかたちを定めたのだった。 国宝『一遍聖絵』(岩波文庫)では、高野山か … 続きを読む

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仏教と仏教でないもの2:青岸渡寺と西国三十三番札所巡りの黄昏

今回の(いつもの)駆け足旅で七里御浜に次いで訪れたかったのは実は青岸渡寺だった。よほど御詠歌がトラウマだったらしい。最後の青岸渡寺でゆっくりできるように本宮も新宮も駆け足でめぐった。 しかし訪れてみると、そこは何か寂れて … 続きを読む

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仏教と仏教でないもの1:「あの世」三態

左の写真が一番見たかった「あの世」の風景。『日本書紀』の「常世の波の重波帰(しきなみよ)する国」とは神宮のある伊勢のことだが、私は勝手にこの熊野七里御浜だと思っている。どこかへ連れて行かれるような夕景だが、カメラマンたち … 続きを読む

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異安心と妙好人:故吉田民人先生に出合う。

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784886026460 勉強の合間や講義の途中でふと思い出し、会って話したくなる人がいる。でもその人はもうこの世にいない。その一人が吉田民人先生である。 … 続きを読む

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百人一首の十三人:西行不讃

「小倉百人一首」、カルタができるようになるまで、子どもはたいてい「坊主めくり」をやる。裏向けた絵札を1枚ずつめくって、坊主が出たら手札を場に、姫が出たら場札を自札に、札を一番多く集めた人が勝ち。ローカルルールは、たとえば … 続きを読む

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やりたい研究は「ない」:隠遁ではない生を生きる

若い同僚から「中筋さんのご研究の問題関心は何ですか」というようなことを聞かれた。嫌味のない素直な問いだったので今している仕事を答えたのだが、本当は、すぐに頭に浮かんだのは「ない」だった。 同僚の問いには「今の」以上に「根 … 続きを読む

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