先便で紹介した「道の駅 瀬戸しなの」、字は信濃ではなくて品野で、周囲には大きなセラミックの工場が立ち並んでいる。廃業しかかっている地域社会学者としてこの地方を見るとき一番気になるのは、自動車産業ではなく窯業(ようぎょう、陶磁器を作る工業)だ。オールドノリタケから日本ガイシ、LIXILまで、といえば、たいていの人には分かってもらえると思う。
たとえば名古屋から長久手、瀬戸を抜けて多治見まで、県道57号線、国道248号線をドライブすれば、沿道にたくさんの陶磁器やセラミックの工場を目にすることができる。それだけでなく。周囲の小さな谷筋ごとに貼り付いた家々がみな小さな窯元だったり、窯元で働く人の住まいだったりする。ちょっと宮崎アニメの世界のようだ。歴史的には、私の住んでいる名古屋市東部も古い窯業地域で、名古屋大学の東の丘なども、陶土を掘ってあたりの雑木を焚いてその場で焼く窯場だったらしい。
愛知県も岐阜県も立派な陶磁器専門の美術館を持っている。なかでも私が好きなのは「セラミックパークMINO(岐阜県現代陶芸美術館)」だ。東海環状道沿い、「土岐プレミアム・アウトレット」のすぐ近くにあるが、あまり知られていない。この美術館、ちょっと贅沢すぎる作りで、たぶん梶原県政時代の首都機能移転バブルの産物(政治遺産?)だったのだろう。だんだん荒れていく超近代的な建築はもの悲しいが、展示されている現代陶芸は決して古びていない。いちばん寂しいのは、併設のレストランが長くちゃんとしたフレンチを出していたのに、今はカレーくらいしか置いていないことだ(ただし、カレーもコーヒーも美味しい)。
名鉄尾張瀬戸駅至近の「瀬戸蔵ミュージアム」も、この地方の陶磁器の歴史を知るのに便利な施設だ。ボランティア・ガイドのお爺さんたちもよく勉強されていて、説明してもらった方がお得である。長い長い窯業の歴史は、社会よりも大きなスケールの言葉、人類という言葉がピッタリな感じがする。
私の祖父の生まれたムラは丹波立杭焼の隣村で、兄は余技で大皿に字など書いていた。そんなことも、私が地場産業としての窯業に惹かれる理由なのかもしれない。