失われた時を求めて:農村調査を始めた頃

地元愛知産のふきのとうが出回り始めたので、早速求めて天ぷらにして食べた。ほろ苦い春の味。それを噛み締めているうちに、『失われた時を求めて』の紅茶に浸したマドレーヌのように、昔の思い出が蘇ってきた。

2001年5月、私は今の職場に移って張り切っていた。過去のしがらみ、とくに「調査のできない地域社会学者」という汚名を挽回すべく、新しい調査地を探していた。ちょうど地域社会学会大会が岩手県立大学で開かれたので、それに便乗して、あの有賀喜左衛門の石神村、岩手県二戸郡安代町(現八幡平市)石神を訪れ、うまく行けば調査地にしようとたくらんだのである。

土曜日の校務を終えた後、「スーパーやまびこ」で盛岡入りし、駅前の安宿にチェックインした。日曜日、学会に出る前の時間を活用すべく始発の花輪線で荒屋新町まで。誰もいない駅前に、当時はまだ地元のタクシー会社の電話番号の掲示板があったので電話すると、すぐに来てくれた。その後の展開はウェブ連載「『美しい国』の構造分析」第4回に書いたので繰り返さないが、斎藤方男(みずお)さんに会った後、運転手さんが「他にどこか回りませんか」と言うので、「では、中佐井の佐藤さんの所も」とつい言ってしまい、有賀の本に出てくる佐藤源八家も訪問してしまった。現当主の佐藤さんご夫妻も歓待してくださり、帰りに「遠くから来てくださったのだから」と、出来たての蕗味噌をおみやげにくださった。家に帰ってから味見すると、ものすごく苦い。しかしそれが長い冬を越した東北の春の味なのだろうと、妙に納得したのだった。

その後調査地を熊本の、あのエンブリーの須恵村を加えて10年近く通ったが、うまく成果としてまとめられていない。でもいつかノートやテープを掘り出しながら、斎藤さんや佐藤さん、多くの方々のご厚意から学んだことをまとめてみたいと念願している。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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