娘とその父:名古屋市美術館で岸田劉生展を見る

お父さんの仕事に付き合わされて、半べその麗子ちゃん。

名古屋市美術館で開かれている岸田劉生展の入口。岸田劉生をまとめて見るのは久しぶりだ。前に刈谷市美術館で見たときは、子どもたちは麗子ちゃんくらい。私は劉生が死んだ歳ぐらいだったので、何か異常な感動があった。それから何年も経って、子どもたちは子どもでなくなり、お父さんは何ものでもなくなって見る劉生には、また別の感動がある。首狩りと言われた、友人たちの肖像画。素描と完成品を見比べると、素描は鋭く相手の個性を掘り下げるが、完成品は相手との関係を尊重する。人の間に生きた天才だったのだ。

興味深かったのはそれぞれの作品の所蔵場所。もちろん竹橋の近代美術館が多いのだが、「麗子微笑」だけはトーハク(東京国立博物館)、すなわち国宝級だ。一方で県や市の美術館のも多い。まるで仏舎利のように、近代日本絵画の王様の作品は国土の隅々に散布されているのである。私たちの業界用語で言えば、岸田劉生は「想像の共同体」の最重要パーツなのだ。

晩年の作品に「冬瓜(たぶん西洋カボチャ)と茄子」というのがあって、ああ、武者小路実篤の例のカボチャとナスの絵と響き合っているな、と思った。老いた実篤は描きながら、若き日の親友劉生のことを思い出していたにちがいない。「仲良き事は美しき哉」

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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