詩人、剣客、音楽家:孤独な散歩者の夢想

散歩ではなく買い物なのだが、ぼんやり歩いていると、ふと「詩人、剣客、音楽家」という言葉が思い浮かんだ。というのはウソで、ぼんやりとではあるが、今どきの若い社会学者にはプラスアルファの人が多いな、などと考えていたのである。プラス小説家、プラス詩人、プラス社会活動家・・・。私はといえば、本業自体がダメダメなのでプラスもへったくれもない。

さて、この言葉はE.ロスタン作、辰野隆訳の戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』のクライマックスの名台詞である。舞台を見たのは学生時代、食いしん坊の師匠に連れられて無名塾。シラノはもちろん仲代達矢で、まだ若々しく、奥さんに手綱をさばかれつつ元気いっぱい走り回っていた。もう1つは別役実の翻案による文学座アトリエ公演。シラノはあの三津田健(最高のシラノ役者と言われた人、若い方は黒澤明監督の『赤ひげ』後半の保本の祝言のシーンを見てください)の最後の舞台!、舞台裏からなぜか杉村春子(ロクサーヌのはずの)の「ロクサーヌ!」という叫び声が聞こえる、不条理かつ感動的な舞台。残念ながら映画版は、ホセ・ファラーのも三船敏郎のも見ていない。

エースのジョーと似ているかもしれない。おしゃべりで才人、友も多いが敵も多い。あんな風に生きたいなと思ってウン十年。「哲学者たり、理学者たり」、まあまあ。「詩人、剣客、音楽家」、まあ、まあ・・・。「はた天界の旅行者たり」。これは無理。でも、もうちょっと旅行したかった。「打てば響く毒舌の名人」、まあそうかな。「私(わたくし)の心なき恋愛の殉教者」、一応ずっとそのつもり。そして最後は「彼は全てなりき。しこうしてまた、空しきなりき」ああ、全てだったから空しくなるのか。

(台詞はうろ覚えなので、原文とちがうかもしれません)

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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