仲良き事は美しき哉:最近の読書から

クライスラー「『ペトルーシュカ』はすばらしい曲だね」

ラフマニノフ「うん」

クライスラー「『火の鳥』もいいなあ」

ラフマニノフ「うん」

クライスラー「それから『春の祭典』もあるなあ」

ラフマニノフ「ありゃもう駄目さ」

空前絶後のヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラーの生前に出された伝記(邦訳,1975,白水社)の一節。一見、常勝のクライスラーが不遇のラフマニノフをいじっているようにも読めるが、きっとそうではない。年下の同国人ストラヴィンスキーに名声を奪われ、頑なになった親友の心の扉を叩いているのだ。そんな自意識の小さな部屋から出て自由になろうよ、と。「駄目」と言えただけ、ラフマニノフの心は少し救われたにちがいない。

ちなみに、ストラヴィンスキーだって上記の三曲、とくにハルサイの作曲家という自分の名声に押しつぶされた人生だった。それに、ショルティの回顧によれば、ハリウッドに住んだのにそこでの稼ぎがプライドからできなかった彼は貧困にあえぎ、最後は遠くヴェネツィアのギリシャ人墓地、ディアギレフの墓の横に葬られた。潮風にさらされる寂しい墓地を、私は訪れたことがある。

六尺豊かな2人の大男の、上記のような会話の情景を想像するだけで、私は胸が熱くなる。

オマケ、伝記のもう1つの感動シーン。第1次大戦で乗船が撃沈されて亡くなったエンリケ・グラナドスの追悼演奏会、パブロ・カザルスの呼びかけで集まったのは、チェロ・カザルス、ヴァイオリン・クライスラー、ピアノ・バデレフスキのトリオ。スゴすぎる!

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 私の心情と論理, 読書ノート パーマリンク

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