2つの修正主義その5:もはや専門バカ以外の何者でもない

承前その5。先便で「佐藤健二壁」と書いたものの1つは、先生の労作『社会学研究室の100年』(2004)。その209頁に「第二講座設置理由書」が収録されている(『東京大学百年史 資料編』からの引用)。

第二講座は正確には「殖民社会学(殖民社会の研究)および社会誌学」。今でいうと「国際社会学」にドンピシャ重なる。その後に「帝国と密接なる関係を有してしかも開化の未だ充分ならざる民族社会の研究」とあって今でいうと「文化人類学」に重なるし、戦争中の社会学、文化人類学の戦争協力(内蒙古の田辺寿利と梅棹忠夫!)を裏付けている。

以上が社会学の第五門で、第一門から第四門が第一講座の担当とされる。第一門は理論社会学、第二門は応用社会学第一部教政学、今でいうと社会政策学。第三門は応用社会学第二部近世社会問題、今でいうと現代社会論とくに「社会的分断」だそうである。

さらに第四門が実際社会学、社会学に基づく専門的実務家養成となっているが、その最初に「優生学」が挙げてあるのがものすごい。もっとも、まだゴールトンだってピアソンだって同時代の生々しい知識だった時代のことだ。

ここに「新聞事業」も入っている。この点、東大社会学の厄介な問題「Bコース」問題が絡んでくるので、吉見俊哉先生に怒られそうだけれど、いつか再論したい。

この申請書、書いたの建部遯吾だろうな。建部なかなかやるなあ。健二先生に「東大社会学のキモは戸田貞三でしょうか」と意見具申したら、「中筋君はやはり福武を論じるべきなのでは」と諭されたのだが、建部まで遡りたくなってきた。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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