サハリンの美しいニヴフ人:沼野充義教授最終講義を聞く

同業の樫村愛子先生に教えられて、東大文学部の沼野充義先生の最終講義をYou Tube で見た。というのは半分ウソで、夕食を作りながら聞いていた、ときどきスライドをチラ見した、というのがホント。

学生の頃は今よりさらにバカで、「西近(西洋近代語近代文学科)」の講義など1つも取らなかった。沼野先生を知っているのは、助手時代たった1回だけ経験した二次試験の監督でご一緒したからである。そのとき何を話したか覚えていないが、はっきりともう大先生でいらっしゃった。その後のご活躍は専門外の私の言うところではない。

講義の題は「チェーホフとサハリンの美しいニヴフ人 ——村上春樹、大江健三郎からサンギまで」。ブログの方に書いたように、私は村上春樹のよい読者ではなく、チェーホフも昔教育テレビでマールイ劇場の『桜の園』を1回見たくらいなので、ただフンフン聞くだけである。もっともチェーホフのサハリン紀行だけは前に読んだことがあったので少し「土地勘」があった。いかにも文学部の講義、脱線に次ぐ脱線でどんどん知識は広がっていく。しかし本線を見失うことは決してない。

ニヴフ、私たちより上の世代にはギリヤーク(尼ヶ崎ではなくて)である。私の子どもの頃には、南樺太から北海道に引き揚げてきた方がまだ健在だったと思う。サハリン在住の作家サンギとの出合いの動画のあたりがとりわけ興味深かった。境界の文学が歴史的に形成されていく過程へのへの興味は尽きない。

でも、村上春樹論は私には納得しがたかった。私は村上春樹は世界文学でも境界文学でもないと思う。しかし世界中で村上春樹が愛読されているのは事実だ。それはなぜなのだろう。今の私にはさっぱり分からないが、社会学者として挑戦しがいのあるテーマではある。

夕食に作っていたのは「キノコの壺焼き」。偶然の一致。でも先にできてしまい、沼野先生の話を最後まで聞くことはできなかった。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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