夜でも昼でも牢屋は暗い:閉じ込められた感じを表す言葉

「夜でも昼でも、牢屋は暗い。いつでも見張りが俺たちを、ア~アア、窓から覗く」

ベランダで洗濯物を干しながら、ふと口を突いて出た歌。ゴーリキーの戯曲『どん底』の終幕の冒頭で、木賃宿の住人たちがしずかに合唱する歌だ。

今の感じを容れる言葉を探していて、先便でも『断腸亭日乗』を挙げたが、これもその1つ。ベランダから晴れた空を見ても、咲き誇るヤマザクラを見ても、閉じ込められた感じを拭い去ることは難しい。

『どん底』は『シラノ』や『桜の園』と並ぶ、日本近代演劇の古典中の古典だ。といっても1901年原作初演を10年に日本初演したわけだから、当時は最新の実験だったにちがいない。

私が舞台で見たのは1990年の劇団民藝40周年記念公演、老巡礼ルカーはあの滝沢修だった。しかしもうヨボヨボで立て板に水なはずのセリフがまったく入っておらず、見ていてつらかった。だから内容もほとんど思い出せない。

冒頭の歌を映画の世界で再現したのは山田洋次監督の『キネマの天地』(1986,松竹)。主人公の中井貴一が三木清ばりの捕り物の末(タカクラテルは平田満)でブタ箱送りになり、牢名主のハナ肇に迎えられるシーンで牢仲間たちが歌う。伊丹十三監督の『タンポポ』(1985,東宝)でも、新宿のグルメなホームレスたちの合唱として引用される。老巡礼は加藤嘉!。

しかし何といっても黒澤明監督の『どん底』(1957,東宝)。歌をジャズ調の馬鹿囃子に差し替えたアイデアの妙。サーチンの三井弘次とゾープの渡辺篤が見事な掛け合い。「黄金の雨でも降ればいい」。馬鹿囃子の時にはもういないけれど、老巡礼、こちらは左卜全。ズビズバァ。

演劇青年だった亡父は政治的には右寄りだったが、演劇は文学座より民藝が好みだった。高校の卒業公演はモリエールの『スカパンの悪巧み』、樺美智子も出演。大学の卒業公演は福田善之の『長い墓標の列』、河合栄治郎を裏切る大河内一男の話。民藝が地方公演で神戸の国際会館(今はない)に来ると大道具を手伝った。家には宇野重吉のじゃがいも顔のジャケットのソノシート『火山灰地』(久保栄)。その民藝、70周年で『どん底』再演の予定だったが世情柄夏に延期。また見てみたくなった。

http://www.gekidanmingei.co.jp/

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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