甦れ、わが塵たちよ:エッシェンバッハ指揮の『復活』を聴く

NHKETVのN響演奏会の中継、昨夜はC.エッシェンバッハ指揮、マーラーの交響曲第2番『復活』。第1楽章から第4楽章まで、大音量になっても消えない、全曲を貫く寂しい感じがしみじみと味わえる、いい演奏だった。ただ第5楽章のある部分を除いては?それは・・・。

第5楽章中盤、大音量の「天の万軍」が形作られた後急に静かになって、舞台裏から極小音量のバンダ(軍楽隊)が聞こえてくる。ここの寂しさは格別で、いつまでも聞いていたい気分になるのだが、今回はひどく急ぎ足で終わってしまった。この部分、マーラーの曲にも繰り返し現れる、あのフロイト(マーラーが唯一治療できた患者と言われる)がマーラーを診察した際に指摘した部分、つまり「不気味なもの」なのだ。死と復活の公共的メロドラマの真ん中に幼い頃の親密で静謐な時間が蘇ってくる。しかしそれはすぐ家父長的爆音(父親はじっさい田舎のDVオヤジだった)にかき消されてしまう。

さらに奇妙なのは、演奏が終わるとオーケストラ向かって右奥の第二バイオリンの後ろに8人のバンダがいるではないか。いつの間に?たぶんクライマックスの前くらいに舞台に上がってきて全奏には参加したのだろう。それは指揮者の指示にちがいない。ソロ歌手がオーケストラの前ではなく、コーラスの前にいたように。いや、でもバンダは舞台裏のままで去ってほしい。それが「不気味なもの」の取り扱い方ではないか。

演奏後、指揮者のライフヒストリーのショートビデオが挿入されていて、少し事情が飲み込めた。エッシェンバッハ、フィッシャーやケンプの後、ひどく人材不足だった西ドイツ期待の若手ピアニストだった印象しかないが、1940年ポーランド(当時は第三帝国)生まれのユダヤ人で、父母を相次いで戦争中に亡くし、戦後難民キャンプで死を彷徨った。60人いた冬のキャンプで凍死しなかったのは5歳の彼だけだったという。その後母の妹に育てられ、ピアノを習い、人間らしい感情を取り戻していった。少年時代にフルトヴェングラーの指揮を見て指揮者を志したが、ピアノで売れてしまったので指揮の勉強ができなかった。その彼を個人的に指導したのは帝王カラヤンと恐怖のセルだった。このライフヒストリーから想像される「不気味なもの」はフロイト的ではあり得ない。むしろ全曲に染み通らせた寂しさの感覚こそ、エッシェンバッハの心なのだろう。

最後に一番よかったところ。私は、この曲の頂点はクライマックスの全奏の直前に「飛び立とう。誰も見ることのできない光(第4楽章で予示された「原光」)に向かって」とソプラノとアルトが重唱するところだと思っているが、そこがぴったりハモっていた。

https://www4.nhk.or.jp/ongakukan/x/2020-04-05/31/3891/2039276/

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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