米地實先生の歌集『伊勢』

珍しく自宅に献本が。ふらんす堂?聞き慣れない版元だけど、と開けてみると、2年前に亡くなられた専修大学教授米地實先生の歌集『伊勢』だった。お弟子の宇都榮子先生がご恵贈くださったようだ。表紙の先生のお名前を見るだけで、もう目頭が熱くなってくる。

ずっと前にブログに書いたかもしれないが、米地先生は関東社会学会ではじめて自由報告したとき、たまたま司会の労をとってくださった。その時になぜか私の研究を気に入ってくださり、来春からうちに非常勤に来なさいと招いてくださった。まだ博士課程の院生だったので、今省みれば東京の大手私大ではまったくの無理筋な話である。しかし後で聞いたところでは、教授会で「この子は灘高で生徒会長だったんです」という意味不明な大演説をぶって通してくださったそうだ。それで94年から著名な安永寿延先生の後任として「社会史」と教養課程の「社会学」を担当することになった。それから10年あまり生田の丘に通った。この講義経験が私の博論の土台である。

それだけでなく連れ合いを研究会に誘ってくださり、親しくご指導くださった。ある時、帰ってきた連れ合いが「米地先生が『君は北原糸子さんに似てるな』って言われたんだけど、北原さんて誰?」と言うので、「そりゃ歴史学のエライ先生だよ。僕も会ったことないけど」といったやりとりをしたことを覚えている。この話、容姿が、ではなかっただろう。それなら過分の褒め言葉である。

しかしこれも先に書いたように、当時の専修には北川隆吉先生がいらっしゃって、私は北川先生に攫われてしまった。米地先生はちょっと残念に思われたかもしれない。北川さんは何でも「俺が連れてきたんだ」と吹聴する質だから。でも先の大演説の話を面白そうに私に語ってくれたのは、他ならぬ北川さんである。

北川さんが私を古島敏雄の昔話で釣ったのに対抗してか、米地先生も師有賀喜左衛門だけでなく、肥後和男や野尻重雄といった旧東京高師以来の大先生の思い出話をよくしてくださった。だからてっきり私は米地先生は戦前の高師出だと思っていた。いただいた本の奥付を見ると、1933年生まれでわが師匠(ただし早生まれ)と同い年である。そういえば先生は、蓮見さんも僕も東京生まれで農村社会学者というところが同じだよ、とおっしゃっていた。

歌集は先生が伊勢の皇學館大学に研修に行かれていた際に作られた歌を中心に宇都先生たちが選ばれたものである。多くの歌が、伊勢神宮の神聖さや本居宣長への崇敬を歌っている。私は先生が『村落祭祀と国家統制』(「統制」の用法が社会学的にはキモです)の著者であることは知っていても、それほど神道に深く関心を寄せられていたことは知らなかった。もっとお話をうかがっておけばよかった。ここでも私は不肖の弟子だった。

先生の歌を一首掲げておきたい。
「人踏まぬ学びの道に入りぬればたよりをきくべき文一つなし」
あらためて学恩を感謝しつつ合掌。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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