中筋直哉のォ(香川照之風に)「ことばの臨床社会学」その2

学童保育の申請書の件、あらためて考えてみると、たぶんナゴヤだけかも。と言うのは、「本市では、就労等により下校後保護者が不在で、適切な監護が受けられない児童の健全育成を図るため、児童館に留守家庭児童クラブを設けて運営を行うとともに、地域の留守家庭児童育成会に助成を行っています。」というのが今も市の公式見解。最初読んだとき、「馬鹿にしてる」と怒り狂ったことを思い出す。これだけ馬鹿にしておいて民設民営ですよ(育成会というのがそれ、児童館は区に1つしかない)、名古屋の学童保育は。だから親たちは経営のために6年生まで無理矢理引き留めるんです。塾行って勉強したい子は抜けていきますよ。学童は福祉施設だから勉強しちゃダメだからね。コマとか回してます。

でも大本の児童福祉法はそうじゃない。第6条3項2「この法律で、放課後児童健全育成事業とは、小学校に就学している児童であつて、その保護者が労働等により昼間家庭にいないものに、授業の終了後に児童厚生施設等の施設を利用して適切な遊び及び生活の場を与えて、その健全な育成を図る事業をいう」

実態は同じじゃないかという勿れ。もちろん後者も如何にもぬるま湯パターナリズムでうれしくないが、ナゴヤのようにいきなり否定で来る奴は許せない。でも、子供を人質に取られている以上、ペコペコして助成金をもらってました。

なお「監護」という言葉は明治民法から続く親権の二大要素(もう1つは教育)だそうで(旧879条,新820条)、その方面の研究ももちろんたくさんある。ちょっと勉強してみよう。

まだまだ続くよ。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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