「ことばの臨床社会学」の周辺

ずっとお役所言葉の「監」にこだわっておりますが、こうした研究スタイルは実は長い。私の元々の研究テーマは明治大正期の都市騒乱(暴動でもいいですが法律用語で)ですが、指導教官の似田貝香門先生が「都市社会学者が都市行政や都市計画の知識のないのは致命的だ」とたびたび説教するので、明治大正期のそれらをコツコツ調べました。『群衆の居場所』第3章がその成果ですが、まあ素人勉強でレベル低いです。副査の加藤陽子先生が大目に見てくださったのが幸いでした。

この関心をもう少しだけ伸ばしてくださったのは、当時お弟子さんたちと内務省史の研究をなさっていた副田義也先生です。研究会に声がけされ、私はお弟子さんの嶋根克巳先生と藤村正之先生に兄事させていただいていたので、そのつながりでかな、くらいに思っていたのですが、そうでないことは何回目かの研究会の打ち上げの時に分かりました。突然近くに来られた副田先生が「あのオヤブンと付き合うのは大変なんだ。同情するよ」と小声で言われたのです。あのオヤブン、何度も登場している故北川隆吉先生です。当時の私は北川先生と似田貝先生の大ゲンカに巻き込まれて気息奄々でした。そこをサルベージしてくださったのです。そのことに、庄司興吉編著『歴史認識と民主主義深化の社会学』(2016,東信堂)に寄稿された、先生の追悼文を読んだときに気づきました。

内務省史の研究、たぶん副田先生は私に警察行政を調べてほしかったのでしょうが、私は上記の通りことばとそれをリアライズする人事全般に魅せられてしまい、あまり深まらないうちに科研費報告書論文を書いてしまいました。人事の方は加藤先生の先生である伊藤隆先生の正確無比の史料研究があるので、これもトウシロは太刀打ちできません。研究成果は東大出版会から大部の研究書2冊(『内務省の社会史』『内務省の歴史社会学』)として刊行されましたが、私は加わっていません。

最近たまたま似田貝先生が退職後東大時代を回顧された記事をネットで見つけました(『社会と情報』16(2),2007)。そこで「東大生は生意気なことばかり言っていて、現実が全然分かっていない」と言われていて、これはたぶん私のことで、直接何度も言われたことでもあるですが、それで昔のことを色々思い出しました。私は似田貝先生の現実のわかり方を自分なりに学ぼうとしたのですが、先生は私の現実のわかり方をついに理解してくださりませんでした。実に残念なことでした。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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