私のおくすり手帳1:ショーター『精神医学の歴史』を読みながら

巣ごもり読書というわけで、ながらく積ん読になっていた本をひもとく。E.ショーター(カナダの歴史家と紹介されることが多いが、歴としたアメリカ人。大学がトロント大)の『精神医学の歴史:隔離(アサイラム)の時代から薬物治療(プロザック)の時代まで』木村定訳(1999,青土社)。

ショーターといえば私たちの業界では『近代家族の形成(メイキング)』が有名だが、本業はこちららしい。といってもA.クラインマンのように医学部出でも医者でもない。中身は題の通りで、20世紀の精神医学はフロイトのせいで「心の問題」と誤って捉えた結果、前近代的な隔離や物理的ショックが横行してきたが、薬物の発達によってやっと当初の科学的なアプローチである「脳の問題」に戻り、正しい治療が行われるようになった、という筋。序言に「マルクスとフロイトは19世紀の亡霊」といった暴言が記され、また私たちの世界で人気のゴフマン、レイン、フーコー皆なで切りで、それだけで『近代家族の形成』以上にイカレタ本ということは明白。

初版が97年と夢の抗うつ薬プロザックが出始めた頃だから、ということがあるが、この素朴な薬物信仰はいったいどこからくるんだろう。いや、私が医者か薬剤師なら、それは精神分析は効かない、あるいは効いたというエビデンスがないし、適切な投薬が治療に奏効するのは当然、となるだろうが、私は社会学者なので、「薬で治療すべきだ」というショーターの信仰にも似た思い込みこそ興味深い。それは「近代的自己」の社会的形成(メイキング)に関わっていて、道具を用いた自己コントロールによって自己を修復するという考え方は、E.デュルケムのいう近代社会の「個人崇拝」の表れと見なせるからだ。

個人的には、6年前にうつ病(正確には当初の診断は「適応障害」)になった時の、投薬歴を省みたくなった。そこで性懲りもなくまた数回の連載で、当時の投薬歴を振り返ってみたい。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 私の「新しい学問」, 読書ノート パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください