テキトー社会調査法3:福武直編『社会調査の方法』(1954,有斐閣)のキモ

はじめてこの本を読んだのは早く亡くなられた先輩、田中宏さんの教科書『社会学の視線(まなざし)』(1998,八千代出版)の企画に誘われた時で、都市社会学について書いてほしいと頼まれて、学説史を遡っていたときに出合った。「ばくぜんとははじめられないこと」、衝撃だった。それ以来中野卓は私のトラウマである。

しかし、この本のキモはそこではない。写真の通り高橋徹(あきら、でも先輩たち皆「てっちゃん」と呼んでいた)「労働者意識の調査」である。意義と方法(福武)、農村(塚本哲人)、都市(中野卓)、犯罪・非行(岩井弘融)、統計学(安田三郎)のまんなかで、それは「労働者」の「意識」を調査しようとしている。「意識」、口を酸っぱくして言うがO氏やK氏が安直に使うような「心」じゃありません。もちろんフロイト―フロムの「無意識」を含んではいるけれど、マルクスとウェーバー問題を踏まえた立派な構成概念です。それに、きっとてっちゃんの頭にはラザースフェルドのマリエンタール調査があったと思う。

福武より10歳年下のてっちゃん、つまり戦争に行っていない(福武もだが)。逆に戦後の戦闘的共産党の洗礼を受けている。学歴は清水幾太郎、日高六郎に続いてメディア社会学の神話的王さまになるはずなのに、なぜか新聞研から文学部に配置換え(日高と交換)。その後はながく論文を書かない、本を出さない大先生。でも、たくさんの弟子を育てた。酔っ払うと手が着けられない。後始末に苦労した弟子も数知れず。

私が社会学科に進学したときにはもう退官していなかった。私のてっちゃんの思い出は、福武の葬式の手伝いの時、「東大の諸君!」と呼び集められてケーキを奢ってもらった。尾高邦雄の葬式の手伝いの時、見田宗介先生にてっちゃんが「ああ見田君、久しぶり」と声をかけたら、見田先生は後ずさりしてテントに激突(爆)。助手時代、入院されていた東大病院に呼び出されて、ベットの上から1度だけ指導してもらった。それだけ。

てっちゃん、誰か研究しないかな。面白いと思うよ。まだ生証言も取れるし。

なお、この論文、冒頭と文末を木下順二『山脈』の引用で挟んで、さらに書簡体で書くというネジれぶり。福武はそんなてっちゃんが好きだったのかな。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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テキトー社会調査法3:福武直編『社会調査の方法』(1954,有斐閣)のキモ への1件のフィードバック

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    いや、あらためて読み直すと、「意識」以上に「産業社会学」とは何かという問題に、師匠の尾高邦雄に対峙しながら取り組んでいたことに気づいた。しかしそんな産業社会学は今はどこにもありません。厚労省や連合の片棒担ぐのが産業社会学じゃないよ!

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