テキトー社会調査法6(最終回):安田三郎『社会調査ハンドブック 第3版』(1982,有斐閣)の思い出

3年生になって社会学科に進学すると、社会調査実習という授業があった。蓮見先生が東大に赴任されて初めての実習とのことだった(前年赴任時に3年生を、あの神奈川県大井町に連れて行かれたことがあったそうだが)。まず調査地決めで揉めに揉めた。4年生も3年生も喧々諤々、なかなか決まらない。すると蓮見先生が「初島はどうだろう」と言われた。皆黙ってしまった。「初島?イトーニイクナラハトヤ、から見える島?」これもダメ。さらに議論が続いて、結局群馬県桐生市の織物業者を調べることになった。

蓮見先生の初島案。ずっと後になってゼミ生がエクシブに就職して、古い漁村共同体だけではなくリゾート開発問題もあったことを知った。実に刺激的なフィールド提案だったのだ。でも当時は全く分からなかった。

調査地が決まって、私はさっそく自営業者の家族と経営について調べようと思い、一所懸命質問文案を練った(履修者皆がそれぞれ考えた)。今なら『鋳物の町』(1956,有斐閣)を読めばいいとなるのだが、当時は知らなかったし、蓮見先生も読みなさいとは言われなかった。私は『社会調査ハンドブック』を買って(初版は1960、私が買ったのは1982年に原純輔先生が改定した第3版)、調査単位のところとか質問文案のところとか何度も何度も読み返した。できあがった調査票は煩雑極まりなく、仲間たちから不評だった。でも皆(私も)まじめに調査員を務めてくれて、一応調査らしい調査になった。宿での夜、町村敬志助手、兄貴分として参加してくれた修士1年生の市野川容孝さん(現東大教授)や若林直樹さん(現京大教授)も含め、皆で盛り上がったのも懐かしい思い出である。

それから94年、助手として同行した似田貝香門先生の福井県武生市での調査実習まで、いくつかの調査実習や先生方の調査の手伝いの時、『ハンドブック』が文字通りいつも手元にあった。今こんなハンドブックはない。ないのは要らないからではなく、これ以上のものは作れないからだ。

今読み直すと、質問文案で力が入っているのは、やはり安田先生の専門である社会移動についてのものだ。戦後日本社会学の名著を挙げよ、と言われたら、私は中野卓『商家同族団の研究』(1964,未來社)と安田三郎『社会移動の研究』(1971,東大出版会)を挙げる。デュルケムの『自殺論』が自殺という部分を通して社会の全体を語っているのと同様に、これらは商家とか社会移動といった部分を通して日本という社会全体の「変動」を描き出しているのである。

中村隆英先生の『統計入門』(1984,東大出版会)とか、直井優先生の『社会調査の基礎』(1983,サイエンス社)とか、まだまだ語りたい教科書はあるが、きりがないのでこの辺で終わります。お付き合いくださり、ありがとうございました。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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