テキトー社会調査法補遺:余は如何にして社会調査協会と絶縁せし乎

『社会調査ハンドブック 第3版』を読み返していて、あるページに目が釘付けになった。

「ここに収録した質問文が自分の調査票に適切だと思ったら、遠慮せずに、なるべく原文と同じワーディングで用いるべきである。そうすればその質問文の出典である調査報告のデータのみならず、本書の他の利用者の調査データとも比較することができるからである。なかにはすでに数多くの調査において重複して用いられているものも少なくない。質問文の著作権をどうするかという問題はありうるが、アメリカの学界においては、問題になっていない。質問文に著作権を認めたら、気のきいた質問文はたちまちつきてしまって、社会調査の発展をさまたげることになるだろう。ただし、調査報告には、同じ質問文、あるいは類似の質問文がどこそこの調査にもあると言及しておくことが、読者のために親切であろう。類似のものがあるのに、全く自分のオリジナルな質問文であるかのごとく装うことはよくない」(141ページ)

たちまち嫌な記憶が甦ってくる。ここに書かれたのとほぼ同じトラブルに私は巻き込まれた。社会調査士実習を担当した同僚が「質問文の著作権問題」を社会調査協会のある幹部から訴えられ、私たちは組織的に反論し、防衛したものの、結局本人謝罪に追い込まれたのである。今省みれば、たぶん諍いの原因は訴えた幹部と訴えられた本人との私怨関係であろう。連れ合いは最初からそう勘づいて、「関わらない方がいい」と言ってくれていた。が、私は協会を信頼していたので仲裁に入るか、穏便に済ますかしてくれると思っていた。しかし結果は、本人への会長名の叱責文であった。

本人からその文章を見せられた私は激高した。「このバカ、お前若い頃『大工場で働く労働者には自動的に連帯意識ができる』などどアホな論文書いてただろ。もうちょっとアタマ使え!」。その時私は、この先決してこの団体に関わらないと心に決めた。

そもそも職場にこの制度を持ち込んだのは私である。だから資格科目を担当したり、連絡責任者を務めたりすることはまあ仕方がない。しかしそれ以上のことは決してしない。もうヨソの国のヨソの団体である。

蓮見先生は、かつてこう教えてくれた。「いいなと思った質問文はどんどん借りなさい。質問文はいわば公共財だ。僕は奥田道大さんの質問文はいいなと思ったので使ったよ」

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 墓場まで持っていかない話, 読書ノート パーマリンク

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