最初の非常勤講師:池周一郎先生の学恩

ウェブでの調べものの途中、偶然帝京大学の池周一郎先生のお名前を見かけて、とても懐かしくなった。池先生は私に最初に非常勤講師の機会を与えてくださった恩人である。

当時先生はまだ早稲田の大学院生だったが、なぜか東大の盛山和夫ゼミにいらっしゃっていた。私は未だにそんな蛮勇は持ち合わせない。実際池先生が探究されたいことと当時の盛山ゼミのメンバーの議論とはズレているように思われた。でもそんなこと気にも留めない風で、先生はいつも快活にゼミに参加されていて、そんな先生を私は好きだった。

先生が帝京大学に就職されてすぐだったろうか、SPSS(社会科学のための統計パッケージプログラム、当時はまだ大学の中型汎用計算機をプログラムを書いて動かすスタイル)を使った学部の社会調査実習を担当してくれないか、というお話をいただいた。私はまだ博士課程2年生だったし、それほど社会調査法にもSPSSにも習熟しているわけではなかったが、他に人がいなかったのだろう。私も厚かましく「やらせてください」とお願いした。それで山梨大学に就職するまでの3年間、聖蹟桜ヶ丘からバスで帝京大学に通った。

どんな授業をしたのかまったく覚えていない。半分はプログラムの書き方教室だったろうから、パソコン版で対話型で動かす今のSPSSとは何の関係もない。だいたいWindows95以前の話なんて旧石器時代みたいなものだ。でも、できるだけマニュアル的授業にならないよう工夫した記憶だけはある。マニュアル的授業にしない、それは今に至るまで私の教育信条である。

一度だけ専任の先生方と懇談の機会があった。池先生だけでなくほとんどの先生方がまだ若かった。今同僚の鈴木智之先生や野宮大志郎先生、岡田あおい先生と、省みるとすごい豪華メンバーだった。主任の菊池美代志先生の腕力だったのだろうか。そのなかで今もいらっしゃるのは池先生だけである。その先生との付き合いは年賀状だけは続いていたのだが、私にとって不愉快極まりない元同僚を再就職させたのがショックで、気持ちが切れてしまった。不義理をしたと思う。

図書館に行けるようになったら、先生の主著『夫婦出生力の低下と拡散仮説 : 有配偶完結出生力低下の反応拡散モデル』(2009,古今書院)をぜひ借りて勉強しよう。

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 私の仕事, 私の心情と論理 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください