眠っているのか、ハーゲン。わが息子よ!:『指輪』の構造分析

新しい同僚の武田俊輔先生がFacebookにワーグナーの楽劇『神々の黄昏』の記事を載せていて、思わず「眠っているのか、ハーゲン。わが息子よ!」と書き込んでしまった。ながいながい『ニーベルングの指輪』のなかでここが一番好き、『黄昏』の第2幕冒頭。

まどろんでいる騎士ハーゲンの足下で実の父親である妖精王アルベリヒが呼びかける。「父の恨みを晴らせ、父の宿敵たる主神ヴォータンの孫、ジークフリートを殺せ。」ハーゲンは答える。「お前の命令になど従うものか。俺は俺のためにジークフリートを殺し、指輪を俺のものにする。」

あまりにフロイト的な情景。というか、フロイトこれ見て考えたんじゃないか。ハーゲンがどれほど反抗しようと、ジークフリートがどれほど放埒だろうと、結局二人とも親たちの遺恨の先に死んでゆく。未来がない、とはこのような状況を言うのだろう。

省みれば『指輪』には登場人物の眠りを主題とするシーンが多い。『ワルキューレ』では、悪党フンディングを薬酒で眠らせて、兄ジークムントと妹ジーリンデは結ばれる(お隣の国?)。さらに終幕、愛娘ブリュンヒルデを火の神ローゲの魔の炎で囲んで永遠の眠りにつかせ、父ヴォータンは延々と嘆き続ける。『ジークフリート』では、叩き起こされて寝ぼけ眼の大蛇ファフナーを悪ガキジークフリートがなぶり殺しにする。死の瞬間までファフナーは眠そうだ。そもそも大団円、『黄昏』の最後の和音が消えていくとき、私たちの心に残る印象は「邯鄲一炊の夢」のみではなかろうか。

前にワーグナーの物語の欺瞞性を批判する投稿をしたが、今回はむしろ、眠りという身体現象へのこだわりにワーグナーという人の具体性が感じられる、という話である。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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